Lメモ私的外伝13「黒き冬の女神」  投稿者:ハイドラント
 雨がしとしとと降りしきる。
 厚い雲が太陽を覆い隠し、昼過ぎだというのに街を薄闇の中に沈めていた。
 七月の末。
 梅雨時はもう過ぎていたが、昨夜から降り始めた雨は断続的に今まで地面を
濡らし続けている。
 路上に点在する水溜まりを跳ね散らさぬよう巧みに避けつつ、篠塚弥生は黒
いBMWを走らせていた。
 車は、隆山の郊外に向かっている。
 学園のある方角とは違う。夏期休暇中とはいえ、教師の仕事が無い訳ではな
いが、今日は彼女は非番だった。
 BMWは、小さな寺院の前で止まった。
 もう何十年も改築されていないであろう、古ぼけた寺だ。雨天のせいか、参
詣者はおろか僧の姿も見えない。
 弥生は右手に紺色の傘、左手に途中で買った白い花束を持つと、黒ずんだ木
の門をくぐり、中へと入っていった。
 目的の場所は本堂ではなく、その隣の柵で囲われた敷地だ。
 開けっ放しになっている両開きの扉を通り、足を踏み入れる。
 そこに広がるのは、陰鬱な、しかし清浄さを感じさせる光景だった。
 幾つもの石塔が立ち並ぶ墓地。
 その中の一つの墓石――篠塚家の墓の前に弥生は立った。
「………」
 弥生は、墓石の下を見つめた。
 花が、置かれている。
 彼女が手にしているのと同じ、白い花が一輪。
 雨に打たれているが、まだ萎れていない。供えられたばかりのようだった。
 それが誰の手によるものか、弥生は直感的に悟っていた。
 何処へともなく、呼びかけてみる。
「……今日は、『ジャッジ』の本部を襲撃、破壊する予定だったのでは?」
「中止だよ。雨が降っている……」
 ぶっきらぼうな答えは、背後から聞こえた。
 くす、と弥生は小さく笑う。
「雨の日は、テロリストもお休みですか」
「火を使えないからな。仕方ない」
 妙に筋の通った返答が、彼女には可笑しい。
 ちらりと首を傾け、後ろを見る。
 ハイドラント。
 いつもの黒いジャケットの上に、これも黒いレインコートを羽織っている。
 フードは被っていないため、顔は水浸しだ。
 その眼差しは、こちらには向けられていない。僅かに頤を上げ、暗い空を見
据えている。
 弥生にとり、彼は表向きは勤務している学園の生徒に過ぎない。
 だが裏では、魔王崇拝組織「ダーク十三使徒」の使徒と首長という関係にあ
る。
 彼女自身は、別に魔王など信仰していない。ハイドラントが説く理想世界に
興味がある訳でもない。
 弥生の目的はただ一つ、ハイドラント自身だった。
「……十年」
 ぽつり、と呟く弥生。
 ハイドラントが漆黒の瞳を彼女に向けた。
 視線を合わせず、弥生は墓石に向き直る。
 墓石の脇には、石版が立てられていた。
 その左隅に、彼女がここを訪れた目的である人の名前が刻まれている。
 篠塚皐月。
 もう失われた、弥生の妹。
「今日で、十年になります」
 繰り返し、呟く。
 ハイドラントを見る事なく、ハイドラントに向けて。
 ――貴方が、私からあの子を奪ってから――




             Lメモ私的外伝13




 よーやくというべきか、私的外伝弥生さん編。
 構想自体はかなーり前からあったんですが、何となく書いてませんでした。
 弥生さん萌え(?)な神海さんも現れた事だし、そろそろ書いておこうかと。
 ……タイミングもいいしね。




             「黒き冬の女神」




 皐月は、私が七歳の時に生まれた。
 異母妹という事になる。
 私の生母は、私を産んですぐに逝った。
 その数年後に父が再婚した相手が産んだのが、皐月だ。
 初めての兄弟だった。
 そしてすぐに、唯一の肉親になった。
 皐月が産まれた数日後、両親が事故死したからだ。
 私達姉妹は親戚に引き取られた。
 養父母は、私達には無関心だった。
 衣食住の提供以外の事はせず、私達二人を「家族」の枠からは完全に隔離し
たのだ。
 私にとって、それは有り難い事だった。
 お陰で、皐月の事だけを考える事が出来たのだから。
 皐月は唯一の肉親だった。現実においても、記憶の中においても。
 生母の事は、全く記憶にない。残っている写真を見ても、顔立ちが似ていな
いせいか、他人以外の存在として感じる事は出来なかった。
 父もまた、遺伝上の父親でしかなかった。昔はそうではなかったらしいが、
少なくとも私が知っている父、つまり妻を失った後の父は、無気力な人間だっ
た。朝に起き、昼に働き、夜に寝る。ただ機械的にそれだけを繰り返していた
ように思う。親子らしい会話をした記憶もない。
 再婚した後もそれは変わらなかった。いや、変わったと言えば変わったのか
もしれない。それまでは私の存在を認識すらしていない風だったのが、故意に
無視するようになった。再婚相手に対する配慮のつもりだったのだろう。それ
以前から私にとって父とはただそこにいるだけの存在だったから、別段傷つき
もしなかったが。
 再婚相手の女性、皐月の生母も、そんな父に合わせてか、私に目を向けよう
とはしなかったから、やはり他人でしかなかった。
 皐月だけが私にとって唯一、他人でない存在だった。


 そう思うようになったのは、父と義母が事故死したと聞いた時からだ。
 悲しみはなかった。
 ただ、孤独を感じた。
 無性に寒かった。
 小さく身震いした私の耳に、だあ、という声が聞こえた。
 傍らの小さなベッドに寝かされている、皐月の声だった。
 機嫌がいいのか、にこにこと微笑んでいる。
 私は、そっと、皐月を抱き上げてみた。
 赤ん坊は、きゃあ、と嬉しそうに声を上げる。
 ……暖かかった。
 その時に感じたのだ。
 この子は、妹なのだ……と。


 私達が良く似た姉妹である事は、皐月が長ずるにつれて明らかになっていっ
た。
 二人とも、父親の血を濃く受け継いだのだろう。
 ただ、それは外見だけの事で、性格はむしろ対照的だった。
 皐月以外の人間と関わりを持とうとせず、周囲から奇異と嫌悪の目で見られ
ていた私に対し、皐月は明朗活発で、誰とでも仲良くなる特技を持っていた。
 私には近付こうとしなかった養父母も、皐月には時折話し掛ける事があった
程だ。
 肉親との触れ合いというものを全く経験しなかった私の手で育てられた皐月
がそういう人間になれた事は、奇跡と言うべきだったろう。
 私は皐月に、殆ど何もしてやれなかった。肉親らしい事をしようと思っても、
少ない小遣いを遣り繰りして本や服を買ってやったり、出来るだけ時間を作っ
て一緒に遊んでやったりするくらいしか思い付かなかったし、出来なかったの
だ。
 にも関わらず、私よりよほど人がましく成長していく皐月が、私にはたまら
なく貴重なものに思えた。
 皐月も、いい姉だったとは思えない私を慕ってくれた。
 私の前では、皐月は殊更に明るく振る舞い、笑うのが下手だった私に自然な
笑みを浮かべさせた。
 今にして思うと、それは幼心に私と周囲の人間との間にある壁の存在に気付
き、その壁を取り除こうとしての行動だったのかもしれない。
 ……おそらくはそうだったのだろう。あの日の会話を思い起こしてみても、
そう思える。


「お姉ちゃん、今日は早く帰ってきてね!」
「……どうして?」
「もう。今日が何の日だか忘れたの?」
「………あ」
「あ、じゃないよぅ。
 パーティーしなくちゃ。わたし、ちゃんと準備して待ってるから、寄り道し
ないで帰ってきてね」
「……うん」
「あ、そうだ。
 友達を一人、連れてきてもいい?」
「……学校の?」
「ううん。教会の隣に孤児院があるでしょ?」
「……うん」
「そこに住んでる男の子。
 実はね、このあいだ教会の前を通りがかった時、変な子供達に捕まっちゃっ
たんだ」
「!」
「あ、大丈夫。
 苛められそうになったんだけど、その男の子が助けてくれたの。
 だから、お礼もしたいし……。
 ね? いいでしょ?」
「………皐月が、そうしたいなら」
「ほんと!?
 ありがとう、お姉ちゃん!」
「……その子の名前は?」
「名前?
 ええとね、確か……そう、ミラン・トラムって言うんだよ」


 それが、最後の会話だった。


 その日の夕方、中学校からの帰り道で、私は見た。
 業火、を。
 柱の如く空に向かって伸び、天をも焦がさんと猛り狂う炎。
 私は、震えた。
 その時は、まだ知らなかった。
 私の半身を、その炎が焼き尽くしてしまった事を。


 緑葉帝六十三年七月二十八日。
 孤児院で火災が発生した。
 必死の消火活動も効果を現さず、しかし外に延焼する事も何故かなく、火災
は孤児院が完全に焼け落ちるまで続いた。
 その奇妙な火災が魔術によるものだったと知ったのは、ずっと後のことだ。


 夜。
 自室で、呆然と椅子に腰掛けていた私は、いつの間にか眠っていた。
 そして、夢を見た。


 ……熱いよ……
 ……苦しいよぅ……
 ……助けて……お姉ちゃん……
 ……どうして……止めてくれなかったの……
 ……孤児院にさえ行かなければ……死ななくて済んだのに……
 ……お姉ちゃんが……止めてくれれば、良かったのに……


 毎日、見た。
 全身を炎に包まれた皐月が、私に向かって怨嗟の声を投げかける夢を。
 その夢は、差し当たって私に自己破壊を思い留まらせるだけの活力を与えて
くれた。
 どんな内容であれ、皐月に会う事が出来るのだから。
 だから私は、寝ている事が多くなった。学校にも行かなかった。
 食事もろくに取らず、ただじっとベッドに横たわり、眠りが訪れるのを待つ。
夢の中で皐月と出会い、呪詛を聞き、目を覚ます。そして又睡魔の訪れを待つ。
 そんな生活をずっと続けていれば、やがて肉体か精神のどちらかが破綻した
だろう。
 幸か不幸か、そうはならなかった。
 ある時、私は聞いたのだ。
 かの孤児院の火災で唯一人、生き延びた子供がいたということ。
 そして、孤児院を燃やしたのはその子供らしい、という噂。
 名も、聞いた。
 ――ミラン・トラム。


 ……熱いよ……
 ……苦しいよぅ……
 ……助けて……お姉ちゃん……
 ……ミラン・トラムが……わたしを燃やすの……
 ……ミラン・トラムが……わたしを殺したんだよ……
 ……お姉ちゃん……助けて……


 夢の内容が、変わった。
 皐月の怨嗟の声は、私ではなくミラン・トラムという人間に向けられていた。
 この時、自分と皐月だけで完結し、閉ざされていた私の世界が開かれたのだ。
 探さねばならない、と目覚めた私は思った。
 ミラン・トラムを。


 ミラン・トラムが「塔」に引き取られたという事実は、それほど手間をかけ
ずに知る事が出来た。
 「爪の塔」。
 世界各地に支部を持つ人材養成機関。
 私は早速「塔」に赴き、面会させてくれるよう依頼した。
 だが、受付の返答は「ミラン・トラムという生徒は存在しません」というも
のだった。
 そんな筈はない、と言っても取り合ってもらえず、しつこく食い下がった私
は警備員に掴み出された。
 私は諦めなかった。
 およそ考えうる限りの手段を尽くし、「塔」の名簿を入手した。
 しかし、ミラン・トラムの名前はそこにはなかった。
 「塔」に引き取られたのは確かなのに。
 私がそう言うと、その名簿を調達してくれた人間は言った。
 「塔」は、表に見える姿が全てではない、と。
 裏の姿を知りたいのなら、「塔」に入り、自分の目で見るしかない、と。
 私は即座に「塔」の入学願書を取り寄せた。


 「塔」は、特殊能力者を集め、訓練する組織でもある。
 特殊能力者とは、魔術とか超能力とかいう類の力を行使出来る人間の事だ。
 普通、「塔」に入学する為には難易度の高い試験をパスするか、さもなくば
高額の寄付が必要となるが、特殊能力者は例外であり、無試験で入学を許され
ていた。
 私には魔術の才能があった。
 一般に「塔」で魔術と言えば音声黒魔術を指すが、私はそれとは異なる儀式
魔術、中でも特に召喚魔術に対する適性を認められ、入学を許可された。
 私は一心不乱に学習した。
 「塔」は階級社会だ。生徒は教師の統率の下、厳しく生活を管理される。
 行動の自由を得る為には、実力を示し、高位に登るしかない。
 努力の甲斐あって、二十歳になった頃には私は上級魔術士の資格を授けられ、
かなりの自由を保証されていた。
 「冬の魔女」などと呼ばれるようになったのも、その頃からだ。常に無口、
無表情で、誰にも笑みを見せる事のない私は、周りからそのように見られてい
たらしい。一切の情熱というものを持たない、冷たい女だと。
 それはしかし、周りの人間には見えなかっただけの事だ。私は狂おしい程に
熱い想いを抱えていた。最後の日に皐月が会いに行っていた人間、皐月を殺し
たかもしれない人間、ミラン・トラムを探し出す事への。
 だがそれでも、彼の行方は杳として知れなかった。
 そういう名前の生徒が存在しない事は、どうやら確かなようだった。
 ならば、「かの孤児院の生存者」という線で探してみようとしても、すぐに
行き詰まってしまう。
 その頃には、私は「塔」の裏の姿について、ある程度の知識を持っていた。
 暗殺者。諜報員。破壊工作員。「塔」は、そういう類の人材も輩出している。
 その種の訓練を受けている生徒の過去経歴等の情報は厳重にガードされてお
り、上級魔術士と言えど簡単に探る事は出来ない。
 ミラン・トラムも、どうやらそちら側の生徒らしいのだ。
 焦燥ばかりが募るうちに、数年が過ぎた。


 緑葉帝七十一年。
 その頃「塔」では、高橋教室の謎の壊滅、吉川教室と柏木教室の私闘、魔術
武器を盗み出した紫音という少年による施設破壊と脱走、等々の事件が相次ぎ、
小さからぬ混乱が発生していた。
 それに乗じ、私はかねてから目を付けていた柏木教室と吉川教室について調
べる事が出来た。
 そして、遂にその生徒のことを知ったのだ。
 ハイドラント。
 「塔」最大の天才と謳われた柏木賢治教師の、四番目の生徒。
 彼は六歳の時に住んでいた孤児院を火災で失ったが、それが彼の魔術の暴走
によるものだと「塔」の調査によって知られ、引き取られていた。
 彼の名は柏木賢治によって付けられたものであり、「塔」に来る前は別の名
を持っていた。
 即ち――ミラン・トラム。


 ハイドラント……「消火栓」。
 彼の名の意味を、そして正体を知った時、私は思わず失笑した。
 なんと皮肉な名前だろう。
 孤児院を燃やし、皐月を焼き殺した者の名が「消火栓」とは!


 だがその時既に、ハイドラントは「塔」にはいなかった。
 「紫音」の追走任務を受けて「塔」を出たきり、姿を消していたのだ。
 それを知るや、私は「塔」に退学届を提出し、それが受理されたかどうかの
確認もせずに「塔」を飛び出した。
 ハイドラントを、追う為に。




 ……熱いよ……
 ……苦しいよぅ……
 ……お願い……お姉ちゃん……
 ……ハイドラントにも……わたしと同じ苦しみを味わわせて……
 ……わたしがされたように……ハイドラントを生きながら焼いてあげて……
 ……お姉ちゃん……お願い……


 ……分かったわ、皐月。
 貴方の代わりに、私が復讐してあげる。
 ハイドラントを探し出して、彼に最大の苦しみを与えてあげる。
 待っててね……皐月……




 そして、緑葉帝七十三年――


 邂逅。
 夕暮れの街で、
 魔王を傍らに従えて、
 彼は、私の前にいた。


「……篠塚弥生……」
「フルネームで覚えていてくれたのですか。嬉しいですわ、ハイドラントさん」








・
・
・
・








「私は、貴方に復讐したかった。
 ただ殺すのではなくて、貴方が最も苦しむ事は何かを知り、それを実行した
かった」
「……」
 皐月の墓の前。
 降り続く雨の中、弥生はそう語ると、背後を振り向いた。
 ハイドラントは、黙然と立っている。
 雨に濡れた前髪が両眼を覆い、表情を掴ませない。
 半ば独り言のように、弥生は呟く。
「でも……もう、十年です。皐月がいなくなってから。
 私も、疲れました……とても、疲れました」
「……だろうな」
 返答があった。
 え、と弥生が僅かに目を見開く。
 小さな風が、吹いた。
 一瞬、彼の前髪が揺れ、瞳が露になる。
 弥生はそれを見た。
 彼の瞳の中には、自分の姿がある。
 ……ああ。
 弥生は、気付いた。
 今、自分とハイドラントは、同じ眼をしていることに。
「………『スケルグ』………」
 召喚魔術士は、呪語を口にした。
 彼女の頭上に、甲冑に身を包み、剣を手にした精霊が姿を現す。
 黒き戦乙女、シュヴァルツヴァルキューレの一人――スケルグ。
 その顔は、弥生の思い出の中にある妹のものだった。
「ハイドラントさん」
 そして、告げる。
 自分でも驚くほど、穏やかな声で。
「私と一緒に、死んでくれませんか」
「………」
 ハイドラントは、黙している。
 首肯はしない。
 だが、拒否もしない。
 弥生は、微笑を浮かべた。
 いつもの、凍てついた冬を感じさせるものとは違う……ほのかに暖かみすら
感じさせる微笑だった。
 傘を捨て、右手を掲げる。
 その動きをなぞるように、スケルグも剣を掲げる。
 ……遠雷の音が聞こえた。
 ハイドラントは、身じろぎもしない。
 どこか呆然と、弥生を、スケルグを、見つめている。
 ……空で雷光が閃いた。
 三人の姿が、その刹那だけ、白く輝く。
 そして――


 光熱波が、弥生とハイドラントの間の石畳に突き刺さり、打ち砕いた。


 ……また、雷鳴が聞こえる。
 今度は、先程よりもだいぶ近いようだった。
 林立する墓石の中から、静かに歩み出てきた彼は、開かれたまま落ちていた
紺の傘を拾い上げ、弥生に差し出した。
 神海。
 十三使徒に属する魔術士。
 彼に目を向ける事なく、弥生は傘を受け取った。
 集中を失った為、既にスケルグは消滅している。
「……くっ」
 咳き込むような声を、ハイドラントが上げた。
 笑っている。
 視線を地に落とし、口の端を歪め、自嘲的に。
 ……それも、数秒。
 笑いを消すと、彼は頭を上げた。
 神海と弥生の前に顔を晒す。
 ……そこにいるのはもう、いつもの彼――十三使徒の首長、ハイドラントだ
った。
 くるり、と踵を返す。
 二人に背を向け、歩み出す。
 神海も、弥生も、黙って離れていく後ろ姿を見つめていた。
 ふと、彼が立ち止まる。
「……一つ、言っておくよ。弥生さん」
 振り向きはしない。
 前を見据えたまま、雨音が響く中でも良く通る声で、ハイドラントが告げる。
「篠塚皐月は、死ぬべきではなかったのに死んだ。
 確かに、俺に向かって勝手な事を言いはしたがね……死んで償わねばならな
い程の暴言を吐いた訳じゃなかった。
 だがその時の俺は、皐月のつまらない言葉に逆上して……怒りに任せて、魔
術の力を暴走させた。
 言わば、皐月は……俺の憂さ晴らしの為に、焼き殺されたのさ」
「……」
 雨音だけが、三人の鼓膜を震わせる。
 雷の音は、もう聞こえない。
 雨も、少しずつ小降りになっているようだった。
「……ハイドラントさん」
 弥生が口を開く。
 ちら、と神海はその横顔を覗き見た。
 ……いつもの表情だった。冷たく、美しい、冬の女神のような。
「貴方は、残酷ですね」
「………」
「……でも」
 すっ。
 と、弥生はハイドラントの背中に、軽く頭を下げた。
「……有り難うございます……」
「………ふん」
 それが見えた訳でもないだろうが。
 ハイドラントは小さく鼻を鳴らすと、再び歩き出した。
 最後に一つだけ、言葉を残して。
「ちょっとした贈り物だよ。
 ……ハッピーバースデイ。弥生さん」




              Lメモ私的外伝13「黒き冬の女神」 END

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 とゆー訳で、弥生さん誕生日記念Lメモでした。ちょっと気が早いけど。
 綾香の時にも楓の時にも書かなかったのになぁ……(笑)

 神海さん、弥生さんの心は大体こんな感じだ(笑)
 頑張って口説き落とすよーに(笑) なんかその気はないとかいう声も聞こ
えるが(笑)
 やはり、「復讐なんて無意味だよっ!」と熱血にいくか、それとも「復讐か
……貴方のその望み、私が果たそう」とクールに攻めるか、どっちかじゃない
でしょーか(笑)


 さて。
 ちょいと、蛇足。

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 第二茶道部、奥の間。
 ここは、首長以外の者は何人であっても立ち入ってはならないとされている。
 例え、十三使徒の最高幹部「四大使徒」であってもだ。
 しかし今、ここには二人の人間がいた。
 一人は無論ハイドラント。
 そしてもう一人は、中肉中背の少年。長めの髪を後ろに流している。
 彼が手にしているファイルの背表紙を眺めつつ、ハイドラントは問い掛けた。
「……で、調査結果は?」
「大体、こんなものです。
 ……神海。これは姓らしいですが、名は分かりません。
 緑葉帝五十五年、「塔」で誕生。
 幼少期から黒魔術を始めとする訓練を受ける。
 六十八年、吉川教室に入籍。
 但し翌年には「塔」を去っています。詳しい事情は判明していません。
 その後、学園に現れるまでは、色々な裏家業で食っていたようです。
 性格は、興味本位。
 他人を観察対象として眺めるような所もあるようですね。
 で、彼が現在、最も興味を持っている人間が……」
「私か?」
「そういう事です」
 ぱたん、とファイルを閉じ、少年は笑った。
 ハイドラントが肩を竦める。
「まあいいさ。ちゃんと仕事をしてくれるのなら、観察対象にされるくらいは
許容してやる。朝顔でも観察してた方がよっぽど有意義だろうとは思うがな。
 ……それより、過去の経歴をもう少し詳しく知りたい。両親の事とか、『塔』
を離れた理由とかな。
 調べられるか? こと『塔』がらみとなると、なかなかに難儀だろうが……」
「心配は無用ですよ。これでもSS使いの端くれです。それに……」
 少年は、にやりと強い笑みを浮かべる。
「私は十三使徒の影、裏の使徒『蛇』の一員……『蛇の牙』ですよ。
 この程度の調査も出来ないような者を、導師は『蛇』に加えた覚えがあるの
ですか?」
「ふふ……確かに、そういう記憶はないな」
 満足そうに頷くと、ハイドラントは彼に背を向けた。
「期待している……」
「はっ」
 一礼すると、「蛇の牙」は奥の間から退室した。
 襖を閉じ、狭く薄暗い通路を歩いてゆく。
 外部と奥の間を直接繋ぐ、「蛇」専用の極秘通路である。
「……『塔』に潜入捜査をする必要があるかもな。やれやれ、命が幾つあって
も足りゃしないね、この仕事は。
 でも……」
 ふふ、と少年は笑みを浮かべた。
 ひどく、楽しげに。
「全ての真実を手に入れる為ならば……妥当な代価さ」




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 本邦初公開、裏十三使徒(笑)
 あったんですねー。こんな設定が(笑)
 「蛇の牙」は、本人が言っているとおりSS使いです。「他人には知られて
いない、秘密の使徒」ってのは、その人の発案。
 で、それを受けて産まれたのが、十三使徒の裏組織「蛇」。
 彼との話し合いも、設定考えたのも、実は随分と前。書く機会を逸している
うちに殆ど忘れかけてました(笑)。
 先日、ふと思い出したので、また忘れないうちに書いておこうかと。

 一応、構成員は募集中です。メールとかICQとか、人目に触れない方法で
応募して下さい(笑)
 しかし、十三使徒も大きくなったのぅ……。