Lメモ・「ボルガノンで花束を」 投稿者:水野響









「全員、配置完了しました」
「うむ」

 魔族の一人の報告に肯く魔族。
 その姿はぼんやりと霞みがかり、遠近感というものを狂わせる。



「終わったみたいですぜ、お頭」

 報告を受けた魔族がさらに報告を繰り返す。
 組織とは面倒な手続きが伴うものなのだ。



「ん、さてそろそろかなー」

 緑茶を啜っていたベネディクトはへろっと立ちあがった。
 彼は遠近感ではなく緊張感を狂わせる。
 ザ・だいなし王。カイゼル、ベネディクトここにあり。
 奴はカイゼルになりましたよ、カイゼルにっ!
 などと御近所の奥様がたに是非伝えたいほどだった。

「じゃ、行きますかい?」

 この仕事終わったら休暇をもらって妻と子を連れて熱海あたりに旅行へ行こうと企む魔
族A(腰痛持ち)がベネディクトを促した。

「いや……こういうのは手続きをしてからのほうが盛り上がるってなもんさね」

 妙な方言を駆使しつつ、ベネディクトは顎をさする。
 子供の容貌をしているため、渋さよりも滑稽さの目立つ癖だった。

「んー……ちょっと待ってろ」

 言い放ったベネディクトは紙を取り出し、ボールペンで何かを書き始めた。
 ベネディクト愛用の、熊さんが付いたボールペンで。
 初音のないしょの初回特典だ。
 愛用しているらしい。



 さらさら。



「んー」



 さらさら。



「……よし、できた」
 五分後、手紙は完成した。
「次はペン入れ……と」
 妙に完成度にこだわるベネディクトだった。


 かきかき。
 きゅきゅっ。
 かきかき。


「完成っ! うむ、我ながら見事っ!」

 ベネディクトは自分でかいた手紙を見て思わず唸りを上げる。
 伊達に日○ンで資格をとっていないと思われる出来だった。
 テキストにはバインダーもついて、とても使いやすいらしい。

「お前、これを持って中にいる人間に渡してこい。まだ危害は加えるなよ」
 きっちり清書も終わり、ハートマークの便箋にいれた手紙をびしっと差し出すベネディ
クト。
「…………あ……あー、はい。了解っす」
 ベネディクトが長々と書き物をしていた為、隣の魔族と一緒に三並べをしていた魔族A
がのたっと立ち上がった。


「よし、伝令あるまで待機っ! さあ、今だけだっ。思う存分和めっ。和みまくれっ。こ
れでもかこんちくしょうっ!」

 手紙を届けに行った魔族を見送ってからベネディクトは再び指示を飛ばす。
 指示というか、なんとなく掃き捨てる様子で。
 変なモード、いまだに続行中。
 これが素のような気もするが。

『うーい』
 聞くまでもなく、すでに待機というか和んでいる魔族一行だった。








    Lメモ・コンバットビーカー八話「死を呼ぶ霧」 後編Ver 1.02








「さてとー……どーこーかーなーっと」
 手紙を届けにきた魔族Aはふよふよと漂いながら仮眠館を漂っている。
「あー……っと、いたいた。」


 仮眠室には数人の人影があった。
 まず最初に目に付いたのは琴音と笛音だ。
 部屋の中央で二人のヒメカワ星人は仲むつまじく抱き合って眠っている。
 互いに相手を抱き枕だと思い込んでいるがごとく、幸せそうな表情をしていた。


「……うーむ、なんだかなー……」
 魔族Aはふよふよと浮いたまま、首を捻った。
 微笑ましい光景であるにもかかわらず、魔族Aがなんだかなーと思った理由、それは至
極簡単な事だった。

 そのちょっと横に幻八がいるのだ。
 しかも逆さ吊りで。
 顔はどことなく青白く、口からエクトプラズムのような白いものを吐き出しているあ
たり、微妙にやばげな代物ではある。


 幻八がこんな姿になっている理由、それはこんな経緯からだった。








「幻八さんって、いつも眠ってるんですねー」

 いつもまったりと眠っていることに睡眠主義者として満足感を抱いていた幻八ではあっ
たが、エリアに言われたこの言葉に激しい後悔を感じたのだった。
 ちなみに今日のエリアのバンダナは「吶喊」と書かれていた。
 気合ですよ、今日の奴は気合が入っていますよっ。
 当社比で102%くらい。
「大日本帝国に栄光あれーっ!」
 幻八がショックを受けつつバンダナに視線を泳がせているとどこかからか声が届いた。
 黒っぽい人と胃痛持ちの人っぽい声ではある。
 しかし幻八の心境はそれどころではない。


(この……この俺がただ眠っていただとっ!? ふ……不覚っ!!)
 がっくりとその場で崩れ落ち、はらはらと流す涙は辺りを海に変える。
 そのくらいショックだったのだ。


「きゃーっ!? 大波がっ、大波がっ!?」

 部屋の入り口辺りでティリアの声が聞こえたような気がしたが、幻八の耳には届いてい
ない。
 まるで幻八の涙の海に住み着いているクラーケンが起こした巨大な津波に飲まれたかの
ような悲鳴だったが、もちろんアウト・オブ・眼中。
 耳だけど。
 そう、今の彼は耳すらも閉じていたのだ。某破天荒探偵もびっくりなくらいにシャット
アウト・イアーを実行していたのだった。
 用法が間違っているとかそんなことも気にしない。

 彼は考えていたのだ。
 そう、すばらしい眠り方を。
 ラ・シエスタの名を冠するに相応しい眠り方を。



 どたどたどた。



「大並っ!? なにいってるのっ、ティリアっ。並の上は大盛で次は特盛っ。これは昔か
ら決まっていることなのよっ? 貴方がその黄金率をやぶる気というなら、わたしはすべ
ての力を持って、貴方を……殺します」

 そんな騒ぎを聞きつけたのか、テラスからサラが駆けつけてきた。
 千鶴さん風に。

「サラーっ! いかっていうか、むしろくらげがーっ!?」
 ティリアが微妙に楽しそうな声をあげた。

「はぁ……なんで牛丼にくらげがのるのよ。牛だから牛丼っていうのよ? 奇跡は起きる
から陳腐っていうのよ?」

 サラはやれやれこの子は、昼間から夢見心地なの? まったく面白すぎるパーティー
ジョークねジョナサンといった感じにアメリカ風に両手を挙げて首を振る。

「そんなものいるわけないって仮眠室が海でくらげがティリアと大激闘っ!?」
 サラ、どびっくり。


「ティリアさん、サラさん。こっちにはなまこがいますよ。可愛いですねー。あ、こっち
はさっき意気投合したうみうしのイエローサブマリン君」

 砂浜と化した仮眠館廊下で潮干狩りをしていたエリアがのほほんと言った。
 サラの真隣で。
 そのまた隣にぬめりが素敵なうみうし君(エリア命名:イエローサブマリン)。

「なんで適応してるのよっ!? しかもうみうしに君つけでおまけにびーとるずでりんご
ですたーっ!? 懐いてる踊ってるしかもうまいっ!?」
 プロトカルチャーもびっくりだった。

「って、和んでないでさっさと支援してよーっ!」
 ちなみにティリアはずっとクラーケン(くらげ)とずっと闘っている。

「あ、忘れてたわ。ごめんねー」
「和やかに手を振る前に救援ぷりーずっ!」
「ほら、りんごすたー君も手を振って」
「名前が変わってるのには今更つっこまないけど、うみうしに手ってあるの?」
「んー……その辺にあるんじゃ?」
「その辺ってあんたねー……」
「酷いっ、サラさんはうみうし君に人権を認めないとっ!? ミミズだってオケラだって
みんなみんな生きてるのに友達なのにっ」
「だって人間違うし、友達違うし」


「だーかーらーっ!!!」
 ティリア、ザ・放置プレイ。


「あ、忘れてたわ。ごめんねー」
「だから和やかに手を振る前にーっ!!!」
「ほら、あっぷる星君も……」
「繰り替えすなーっ!」
 デジャ・ビュ的展開だった。

「と、冗談はここまでにして。いくわよ、エリアっ」
「はい! さ、りんご星君もっ」
 そして二人+一匹参戦。


 ぴしぴしっとサラが鞭で叩く。
 ざしゅっとティリアが剣で切る。
 ごーっとエリアの魔法が炸裂する。
 べちべちとうみうしが攻撃する。


「ぴぎぃいいいいいいいいいっっ!!」
 断末魔とともに、クラーケンもどきは倒れ伏す。ティリア達は勝利したのだ。海の魔獣
との命懸けの戦いに。

「やったーっ」
 歓声を上げる三人+1。
「ああ、うるさいっ! 構想が練れないだろーがっ」
 幻八があまりの騒がしさに怒鳴った。


「あ、ごめーん」
 あっけらかんとした調子で謝るティリア。
 実はまだ余裕らしい。

「(きゅぅきゅぅ)」
「え、どうしたの? ……ふむふむ」
 うみうしの声に耳を澄ませるエリア。

「ん? どしたの?」
「ええ、黄色い潜水艦君が言うには、さっきのクラーケンの発生源は幻八さんらしいです」

「「なにぃっ!?」」
 ティリアとサラが驚愕の声を上げる。
「ををぅっ!? 完全犯罪がたった一人の証人のせいで発覚っ!?」
 幻八は違った意味で驚いていた。
 同時に自白。



 ティリアは肩を怒らせつつ、怒気をはらんだ視線を向けた。
 サラは冷ややかに白い目を向けた。
 エリアはにこにことしていた。
 幻八は不自然な口笛を吹きながら目をそらした。
 うみうしはそろそろ水気がつきて瀕死だった。



「はーい、幻八君。ここで問題です。」
 最初に口火を切ったのはサラだった。
「貴方はこれからどうなるでしょう。

 1、ティリアに剣でぐりぐりされる。
 2、わたしに鞭でびしばしされる。
 3、エリアの持つ2000のいやがらせ奥義を受ける。

 さあ、どれ?」
 個人的には三番が一番嫌だ。

「まてっ、話せば分かる。人間は知性を持っているんだっ。だからまず話を……ってなぜ
すでに縛られてますか、俺っ!?」
「え? だって、久しぶりに実験体ができたと思ったら嬉しくて♪」
 エリアにより幻八の簀巻き準備、ほぼ完了。

「♪をつけてまでっ!?  ええい、勝利への脱出っ!」
 しかし失敗。
「わんもあたーいむっ!」
 なくなってしまった。


 判決、逆さ吊り。








「……さて、どうしたらいいものかね?」
 魔族Aは手紙を手でもてあそびながら、ふよふよと辺りに浮かんでいた。
 長い回想シーンの間、ずっと。

 幻八の口からは、なんとなく幻八っぽい形のエクトプラズムが放出されている。
 今にもあちら側の扉を開かんばかりだった。
 すでに手後れかもしれないが。

「あー……もしもし、生きてますかー?」
 魔族Aは恐る恐る幻八に近寄っていく。
「…………ぁー………」
 駄目っぽい。

「となると……こっちの二人組に渡すしかないか」
 諦めて幻八のそばから、笛音琴音ペアの近くへ向った。

「でも……なんだろう、この胸騒ぎは……」
 魔族Aが幻八のほうに先に向ったのも、この胸騒ぎのせいだった。
 この二人を見ていると、何か今までにない感情が湧きあがってくる。

「はっ、これが……恋っ!?」

 がーん。
 魔族Aの胸に衝撃が走った。
 背景効果もばっちりに。

「そ、そうなのかっ! この感情……これが……これが恋なのかっ。すばらしいぞ、ビバ
恋っ!」
 魔族Aは驚きと歓喜に満ちた表情を浮かべる。
「この……この、不安と驚きと死と消滅が背後に迫っているかのような感情……俺はっ、
俺は生涯忘れないっ」
 恐怖だった。


(奴は……奴には近寄ってはならぬのじゃ)
 未知の生物への恐怖に本能が語りかけてくる。
(ヒメカワ星人は今でも……はっ、き、きさまは)
 どうした本能っ!?
(く……ならばこの身砕けようとも……)
 おいっ、急展開すぎてよく分からんが死ぬなっ!
(真っ白に燃え尽きちまったよ……おやっさん)

 妄想の中でKO負けした模様。


「くぅ……身体がかなしばりか……近寄れねぇよ、おやっさん」
 だらだらと脂汗を流しながらも、じりじりと近寄っていく。
 そのたびに心臓の動悸は激しくなる。
 まさに死刑囚のごとき、緊張感。
 敗北を知ろうにも、目の前の少女を見た瞬間敗北決定だったりするが。


 しかし……こんなところでいつまでもフリーズしているわけにはいかなかった。
 ここでこの手紙を届けなければ話が進まないのだ。
 おまけにまだ一つたりとも予告編のセリフを出していない。
 後編なのに。

   だからこそ、さあ、渡すんだ。
   話を進めるために、その手紙を。

 メタな力が、魔族Aの背中を押した。
 力が湧いてくる。



   無駄ダ、無駄ナンダヨ。

 どこかのエルクゥからのテレパシーも届いた。
 ちょっと腰がひけた。



   うぐぅ。

 どこからか、違う電波も届いた。


「おきゃぁぁぁあああああっ!」
 その瞬間、気合が全開といった感じで、さくらのごとき咆哮をあげる。
 もちろん、泣き虫のほうで。

 魔族としての、物理法則を無視した力を辺りに轟かせながら琴音と笛音に近づいていく。
 身体は悲鳴を上げ、精神は虚無へと堕ちていく。
 しかし、彼は止まることをしない。
 その命燃え尽きようとも使命を果たさんがために。
 忠誠心ではない。
 愛のためにっ。


「覚悟完了っ!」


 光が閃き、魔族Aは瞬着した。
 巨大なたい焼きの姿に。
 強化外骨格『鮎』は途端に悲鳴をあげる。
 しかし、魔族Aは怯まない。
 不退転の志で二人のそばまで辿り着き、そこで意識を失った。







「……ふぁ?」
 笛音が目をこすりながら布団から起き上がった時、目の前には不思議なオブジェがそび
えていた。
 それは、例えるなら……そう、たい焼き。
 例えなくても、たい焼きだが。

「むー……どうしたの?」
 ごしごしと瞼を擦りながら、琴音も目を覚ました。
 隣には笛音が不思議そうな顔をしている。
 その先には、巨大なたい焼き。
 さらに先には逆さ吊り幻八。(エクトプラズム付)
「うん……たい焼きがあるの」
 彼女らにとっては、幻八の逆さ吊りはさほどめずらしいことではなかったようだ。



「……たい焼きだね」
「うん、たい焼き」
 二人は確認し合うように、互いの顔を見合わせる。



「それでね、こんなものがたい焼きの上にあったの」
 笛音は手に持った手紙を差し出す。

「それって……ラブレター?」
 手紙を見て、次に笛音の顔を見てから赤くなる琴音。
 連鎖反応的に赤くなる笛音。
 熟したようだ。


「わ、わたしからじゃないよっ」
 妙な雰囲気に気付いた笛音がぱたぱたと手を振りながら否定の言葉を放つ。
「……そうなの。いいの。わたしはどうせ疫病神……ラブレターなんてもらえる身分じゃ
ないもの」
 るるーと遠くのほうを見ながら悲劇のヒロイン気取りの琴音。
 かなりショックを受けているようだ。

「……琴音おねーちゃん。わたしからのラブレター欲しかったの……?」
 笛音は真っ赤になって、俯きがちに言葉を繋ぐ。
「ううん、からかっただけ」
 ぺろっと舌を出しながら琴音は無垢な笑顔を向ける。

「死兆星を見たことがあるかっ!」
「無駄無駄無駄ぁあああああっ!」
 次の瞬間、科学的に説明できない戦闘が発生した。
 超能力とか宇宙人とか触手とか。




 しばらく後。



「ふぅ……んー、体がほぐれたね」
「そうね」
 軽い運動の後、二人はぽけーとした顔をして窓の外をみていた。
 仮眠室はすでに壊滅寸前だが。

 くー。

 琴音と笛音のお腹が同時になった。
 決して、どこぞの恐竜の赤ん坊が紛れ込んだのではない。

 二人は同時にお腹を押さえ、互いの顔を見て、くすくすと笑った。
 そして二人の視線は同時にたい焼きの方へ向う。


「これ、食べよっか?」
 琴音の問い。
「了承」
 即答。



 こうして愛に生きた戦士、魔族A(うぐぅ属性)はその生涯を終えた。
 二人のヒメカワ星人の栄養として。







 ――数分前






「のぉぉぉぉっ!?  揺れてます、揺れてますよみなさんっ! 地震ですか、地盤沈下
ですか、コロニーがおちてきますかっ!?」
 ベネディクトはおたおたしていた。

「親方っ、慌てないで地震が起きた時は机の下に隠れつつ、息を潜めて通りがかりの人間
の隙を見計らって、れっつごーですっ!」
 こっちも同じくらい。



「むぅ……よく考えたら、遅すぎる。あいつ(魔族A)が手紙を届けにいってから、あま
りに暇なのでチェスを始めて、すでに50戦はしているというのに……」
 戦績50敗。
 そのうち、二手でチェックされたという記念すべき勝負もあったり。
「んー、どーしましょうね。あ、地震やんだ」
 この地震がヒメカワ星人の寝起きの対戦だとは夢にも思うまい。


「いいかげん、手紙だって渡してるころだろーし……行ってみますか?」
 手持ちぶさたに知恵の輪(ベネディクト所持品)を返しつつ、一人の魔族が提案した。
「うーむ……どうしたものか」
 優柔不断気味にベネディクトが疑問を吐く。
 ご飯を食べに行くたびに、メニューを決めるのに30分はかかる中学生のごとき優柔不
断さだった。




 待ち時間続行中。




「……遅すぎるっ」
 返してもらった知恵の輪を床に叩き付けながらベネディクトが吼えた。

 弥生さんに「これを解くと幸せになれますよ」と言われて売ってもらったものだ。
 購買部500円で売っていたものを2000円で売ったあたり、弥生さんだが。
 ちなみに、一度たりとも解けたことはない。

「おのれっ、奴は減棒決定っ! 皆の衆出陣じゃっ、槍を持て剣も持てコルトパイソンも
持てっ!」
 いらいらを吐き出す勢いで、ベネディクトが激励を飛ばす。
 熟睡していた魔族達に向って。(ほぼ全員)

『……ぅーぃ』
 魔族は伝統的に低血圧なのだ。


「いざ、kamakuraへっ!」
 サザンのアルバムタイトルを叫びつつ、ベネディクト達は仮眠館内部へと進行を始める。


 その光景を偶然見かけたエリア談。
「パジャマ姿がぷりてぃでした」
 異常だとも思わなかったらしい。








 ――仮眠館外








 仮眠館の前に一人の男が立っていた。
 男の名は、柏木耕一。
 最強の鬼と呼ばれる男が仮眠館を見て、唖然とした表情をしていたのだ。

 なぜなら、
 仮眠館が黒かったからだ。
 霧状のものに包まれて真っ黒だった。
 TaSの肌だってこんなに黒くはあるまいと思えるくらい黒かった。
 いやんなっちゃうほど黒かった。

「……嫌です」

 率直な感想だった。
 どこぞの甘党っぽい口調だが。


 しかし、仮にも一教師。
 知的好奇心のようなものは沸いたらしい。
 未知なるものへの興味というかなんというか。

『謎が謎のままというのは科学者とっては我慢が出来ないのだよ』

 耕一はどこかで聞いた言葉を思い出していた。
 多分、柳川先生だったよーな気がするが、記憶はさだかではない。

『この世に謎なんて何もないのだよ、耕一君』

 同時にもう一つの言葉が頭を過ぎる。
 こっちはよく覚えている。
 黒衣に身を包み、ゴルゴ眉をして二丁拳銃をスローモーションで撃つのが三度の飯より
も好きな人の言葉だったはずだ。
 ビジュアル的に想像するとなんかあれだが。



 何はともあれ、耕一は思考する。
 こういう時はあれですな、問題を一つ一つ片づけていく。
 論理的思考。


Q:どこが黒い?
A:仮眠館が黒い。

Q:なぜ黒い?
A:イカスミスパゲティーを食べたとか……。

Q:どのくらい黒い?
A:TaSが悔しさのあまり日焼けサロンへ日参するくらい黒い。


 謎は壊滅的に深まったようだ。


「くー、最強の鬼と呼ばれようともこんなときは無力だ……」

 がっくりと肩を落し、膝を大地に突く耕一。
 こんなものを前にして有効な考え方を出来るのもかなりいやだが。

「だが……」
 ぎらりと耕一の目が輝く。
 獣の輝き。
「エルクゥを……なめるなっ!」

 咆哮と共に耕一の姿が変わっていった。
 獣の、鬼の姿へと。

「グルォォオオオオオオオオオオオオオ!!!」
 その咆哮とともに、辺りの小動物の気配が消えていく。
 本能で危険を感じ取って逃げているのだ。



 がさっ。



 草の葉がすれる音がした。
 この圧倒的な力の中心地へと向って来ているものがいるのだ。


「……ダレダ?」
 獣独特の荒い呼吸とともに、耕一の声が響く。
「耕一か……」
 そこには柳川が立っていた。
 人間の姿だが、その眼は同類のものだった。
 歓喜を求める、獣の眼。

「……こんなところで鬼の姿になってなにごとだ? 獲物がいるなら俺にも楽しませてほ
しいものだが……」

 にやり。
 柳川の口がわずかに歪む。笑みの形に。
 例え人間の姿をしていても気配と性質は鬼のものだった。

「アア……コレダ」
 耕一は目の前の仮眠館を指差した。
 黒い、昏い霧に蔽われた仮眠館を。

「……?  なんだこの黒い霧は……」
 わずかに眉を潜める柳川。
「TaSの顔だってこんなに黒くはないぞ?」
 同一意見だった。
 さすがに一度は通じ合ったエルクゥ。
 シンパシー能力も抜群だ。
 単に耕一と柳川の思考パターンが一緒なだけかもしれないが。


「アア……ソウダロウ。TaSノアフロデスラ、コノ黒サニハカナウマイ……柳川、オ前
ナラドウスル?」
 耕一が聞く。
 どこか面白そうな響きが混じっているのは柳川の勘違いではあるまい。
 この男は、耕一は楽しんでいるのだ。
 そして試している。

 やはり同族か……。
 柳川の口がさっきとは異なる、楽しげな口に変わる。

「おそらく貴様と同じことを考えているんだろうさ…………ガァァァアアアアア!!!」


 その笑みが消える前に、柳川も咆哮する。
 咆哮、咆哮、咆哮!
 声に答えるように、響く声が応えるように、その姿が変わっていく。
 物理法則を無視した、体積の膨張。

 そして……覚醒。



 二人の鬼が昏い館の前に佇んでいる。
 その姿は第三者が見れば幻想的ですらあったかもしれない。


「サテ……」

 重低音が聞いたアルトボイスで言葉を続ける。
 二人は互いの顔を見て肯き、手を天に突き上げた。

「レッツ、シンキングターイムッ!!!」
 変身してもやることは一緒だった模様。



 二人の鬼が、昏い館の前でうんうん唸っている。
 その姿は第三者が見れば大笑いできるかもしれなかった。








 ――その頃のコンバットビーカー








「俺は主役なんだぁああああああ!!!」
「ど、どうしたのbeaker!?」
「いや……なんか、ないがしろにされてるよーな気がしましてね。けしてこの話は『ベネ
ディクトと愉快な一行』ではなかったはずなんですよ。」
「うーん……そーいえば?」
「そうですよねっ!? これは是非直談判をしなければっ! ってなにっ!? もう出番
終わりですとっ! 私達は次の出番まで部屋の隅でガタガタ震えながら神に祈っていなく
てはいけないとっ!?」
「誰もそこまでは言ってない気がするけど……あ、また来週ー……っていうか次回までー」
「待てっ! 俺はまだ――



            ぷつん。



 地の文さえ入れてなかったことに気付くが、後の祭り。








 ――そして、魔族達は闘いの地へ








 ばたむっ。


 大きな音と共に、仮眠室のドアが開け放たれた。
 そこに人影が二つあることに気付いたベネディクトが間髪入れずに叫ぶ。

「さあ、そこを動くなっ! この仮眠館は俺が占拠したっ、泣いてもわめいてもだめだっ、
なお非常の際は係員の誘導に従うようにっ」
 やたら気配りが効いた脅し文句だった。
 しかし人影は一向に驚いた様子もなく、こちらに背中を向けたまま、何やらもぞもぞし
ている。

「ふっ、恐怖のあまり声も出ませんか」

 ダメダメですねー、といった感じのジェスチャーをしながら歩を進めるベネディクト。
 人影は二人の少女だと確認。

「身動きもでませんか」

 さらに興に乗った様子で言葉を続けていく。
 少女達はもぞもぞしているだけで、一向にこちらを見ない。

「その身を恐怖に震わせますかってにょぉおおおおおっ!?」
 少女達の背後にまで歩を進めた時、ベネディクトが腰をついた。
 あたあたしながらこちらへ向ってくる。


「あやややっややっ!?」
「親方落ち着いて」
 魔族達はベネディクトの扱いになれたようだった。
 しかしいつもと違い、その驚愕は一向におさまらない。

「……どーしました?」
 不審そうに聞く一人の魔族。
 まるで罠でもしかけられてるんじゃといった目をして。
「ややや、やつらっやつらっ!」
 未だ慌てふためくベネディクトの次の言葉は衝撃的だった。



「やつらっ! 田中(仮)を食ってやがるっ!!!」
「なにぃぃぃいいいいいいいいっ!?」
 魔族全員に驚愕が走った。
 『おのれっ、端訳の分際で名前がついただとっ!?』というのが9割方。



「ん? ……笛音ちゃん。なんか変な人達がいるよ」
 たい焼き(田中(仮))を食べていた琴音が騒がしさに気付いてベネディクト達を見た。
「ほえ? ……きゃー、ぐちゃぐちゃのでろでろーっ(黄色い悲鳴)」
 笛音はなぜか楽しそうな悲鳴をあげている。
 思春期未満の少女の考えることは、神でも理解できまい。



「うるさいっ、貴様ら……よくも田中(仮)をっ!」
 ベネディクトが怒りの視線を向ける。
 部下が食われたというよりも、魔族がこんな少女に負けたというプライドのほうが傷つ
いたらしい。

「もう、うるさいですねー……そんなこと言うと……滅殺ですよ☆」
「無垢な笑顔を向けて恐ろしいことを口走ってますよ、奴はっ!」
 いきなり意気消沈。

 女の子に笑顔で滅殺宣言されるほど怖いものはない。
 ベネディクトの心のメモにしっかりと刻まれた一節だった。

「親方、仮にも田中(仮)を倒した相手、油断は禁物ですよ」
 横で構えている魔族がちょっとクールに呟く。
「うむ……しかし、女相手に魔族総出というのもプライドが許さん。俺一人で十分だ」
 言葉と同時にベネディクトはマントをぶわさっとはためかせて投げた。
 いつ着けたとかいう質問は禁句だ。



 そんなベネディクトを見た琴音は、口元を歪め、両手を肩の位置まであげるアメリカン
ジェスチャーと共に言い放った。
「この私に白兵戦を挑むとは……笑止!」


「それ、俺の予告編用のセリフっ!?」
 ベネディクト、大ショック。
「くぅ……貴様……俺の台詞の中で多分一番かっこいいとか唯一じゃないかとか言われて
いた台詞を……許さん、許さんぞぉおおおおおおっ!」
 血涙というか、慟哭が仮眠室に響いた。


「な……お、親方っ!  まさか本性を出す気ですかっ!」
「百獣の王は兎を狩るにも全力をだすものだっ!」


 どちらかというと子供相手に本気になる大人のような姿だった。


「生け贄はっ、生け贄がいないと本気は出せないんじゃっ!?」
「田中(仮)がいるっ! ぐっばい田中(仮)、フォーエバーっ!!!」


 田中(仮)、身体だけでなく魂までも食われるという、まさに余すところない調理材料
となる。強制的に。



 霧が空間を切裂いてベネディクトに集まっていた。
 その姿がゆっくりと異形のものへと変化を始めているのだ。



「くっ、駄目だ。親方がマヂになったっ! 本気とかいてマヂと読めっ!」
「余波に巻き込まれるぞっ! 半径10m以内より退避っ! 急げっ」
 魔族のほうは多大な混乱が起きているようだ。





 ちなみに、笛音琴音のヒメカワ星人連合は、
「美味です」
「おいしいねー」
 一向に気にした様子もなく、たい焼き(田中(仮))を食べていた。





 十二の首が煙の中からゆるりと持ち上がる。

 煙に覆われてまだその姿を現さぬ十二の首は同じ言葉を呟いていた。

 たった一つの言葉を。

 呟く。

 不可思議な動き、まるで踊るように

 十二の首が。

 そして言葉と踊り。

 それは世界ではこう呼ばれるだろう。

 絶望、と。





 ベネディクトをのぞく魔族連合、壊滅して、

 笛音と琴音も蒼白になってその場に崩れ落ち、

 幻八のエクトプラズムがゆっくりと空へ登っていった。





『あなたにあいたい』と呟きながら、暗黒舞踏を踊る十二の首は凶悪を通り越して最悪と
呼ばれる代物だったわけで……。

 今ならルミラも倒せる、そんな気がするベネディクトだった。







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 ……むぅ、終わるんだろーか、これ(笑)