Lメモ魔王大戦「硝子の現実」『第四幕』 投稿者:悠 朔
 人の手によって造られた巨大な戦闘用の建造物。
 それは中空に浮かび、圧倒的な威圧感を伴って学園に黒い影を落した。
 戦艦冬月。
 恐怖を終わらせるために破壊を行うという矛盾した任務を負い、沈みきる寸前の太陽を
背景に、それは茜色に染まる空を静かに進んでいた。


 Leaf学園第三学年校舎アズエル。
 その屋上に二つの人影があった。
「止めなくていいのか?」
 白衣を纏った者――久遠遥――が、今一人に問う。
 上空に浮かぶ戦艦を見上げ、ただ静かに。
「……なにを……だ?」
「あの船に決まっている」
 オロチの剣呑な眼差しにひるむことも無く、空を行くものを見送る。
「星が昇った以上……沈むぞ」
「何?」


「目標までの距離、あと300m」
 綾波優喜の報告に、冬月俊範は艦長シートに深く腰掛けたまま、鷹揚な態度で肯いた。
「うむ。第一種から第二種戦闘態勢に移行」
「了解。臨戦態勢に移行します。……粒子砲、発射準備………………」
 俊範の右斜め後方。
 優喜の指が目の前のコンソール上で、目まぐるしい速度で踊る。
 戦艦冬月の正面に備えられた、ただ一門の巨大ビーム砲。
 射程範囲に入ったものすべてを焼き尽くし、消滅せしめる光の矢。
 その破壊力を生み出すために必要とされるエネルギー量は半端ではない。戦艦の容量を
もってしてもたった二度の射撃しか出来ないことが、それを証明している。
「目標地点に到着。……座標ロック。対ショック、対閃光防御。偏光シールド下げます。
……発射準備完了。エネルギー充填開始」
 目標は学園地下のダンジョン。
 浩之が得た情報によれば敵の拠点ははたかだか地下40階だという。この艦の能力を使
えば簡単に殲滅できる深度だ。
 そう。
 恐らくは人質に取られているであろう、行方不明者諸共。
「……優喜。今すぐこの艦から降りろ。俺だけでもこの艦は動かせる。サポートご苦労だっ
たな」
 ――罪の無い人の命を背負うのは、俺だけでいい。
 その決意を胸に秘めながら、俊範は眉一つ動かさず退艦命令を下した。この戦艦に乗り
込んだ、たった一人の部下に。
「それは命令?」
「……そうだ」
「命令受諾拒否します。……エネルギー充填率87パーセント。最終カウントダウン開始
60秒前――」
「優喜!」
「私は退艦する気なんてない。議論するだけ無駄」
「上官命令ではなく、使い人として付き人に対する命令だとしてもか?」
「それでも、同じ事……」
 優喜のその、ささやくような口調で告げられる素っ気無い言葉に、怒らせていた冬月の
肩が下がる。
「……また、貧乏籤を引かせることになったな」
 俊範の顔に優しい笑みが浮かんだ。これまでの事が走馬灯のように思い返される。
 これまでずっと、彼女には苦労を掛け通しだったような気がする。
 そしてこれからもまた、それは続くことになるのだろうか?
「貴方の元に付き人として就いた時から、覚悟は決めてます」
 大を生かすために小を殺す。
 今為そうとしているのはそういう事だ。
 それが知れ渡ればその大が全人類。どころかこの世界そのものだったとしても、世論
は納得しないだろう。そんな戯れ言のような事実を、いったい誰が信じるというのか?
 この役を思い立ったとき、俊範はその手元に戦艦などという理不尽な存在があること
に感謝した。と、同時に汚れ役は自分一人で十分だとも。
 出来ることなら誰も巻き込みたくはなかった。
「すまん……」
「私にとって、一番大事な事だから……」
 二人の間に流れる和やかな空気。しかしそれはブリッジに鳴り響く無粋な警報によっ
て、唐突に終わりを告げた。
「! 敵? いえ……未確認反応甲板上部に出現」
「スクリーンに映せ!」
「了解」
 優喜がコンソールを捜査して艦の外部に設置されたカメラを操り、正面のスクリーン
にその姿を映し出す。
 最初それは小さな黒い点だった。
 カメラを捜査し、焦点を絞りその映像を拡大する。
 それは巨大な戦艦に比すれば本当にちっぽけな、豆粒のような物体。
 黒い衣を風にはためかせ、漆黒をその身に宿した者の名は……。
「ハイド……ラント……。! 迎撃しろ! 今すぐ撃ち落とせ!!」
 俊範が指示を出すより早く、優喜は行動していた。
 戦艦冬月に備えられた口径40mmのバルカンファランクスが自動的に照準を合わせ、
雲霞のごとく弾丸を吐き出す。
 機動兵器を簡単に粉砕する攻撃に身を晒しながら、それでもハイドラントは笑ってい
た。
 弾丸は彼に届いてすらいない。
 不可視の、堅牢な障壁が彼の身を守っていた。
「クッ! 化け物め……。ミサイル発射用意!」
「駄目……。人相手に撃っても……」
「なら主砲を……」
「主砲、副砲、共に近すぎます」
「ゼロ距離射撃で構わん! 撃てー!!」
 強引な命令が実行に移され、砲門がハイドラントに向けられる。


 一筋の閃光が、夜空を切り裂いた。



Lメモ魔王大戦
                                 「硝子の現実」
                       『第四幕   "執着" 誇りの報酬』



「意外にあっけなかったな」
「そう思うか?」
 オロチの感想に対し、遙は疑問を以って答えた。
「あれでは如何にハイドラントとはいえ助かるまい」
「……あの程度で死なれては私達の立場が無いと思うが? もう一度聞くぞ。彼を呼び
戻さなくて本当にいいのか? いや……もう手後れかな」
「どういう……ことだ?」
「見ていればわかる。後悔しても、もう遅いぞ」


 閃光の只中にあって、ハイドラントは哄笑をあげていた。
「人類が崇拝する科学というものが、こうも無力とはな。過大に評価し過ぎていたのか
もしれん……」
 その腕を肩の高さにまで持ち上げる。
 本来ならそんな動作は必要ではない。だが手をかざせば狙いが正確になるような気も
する。
 所詮は気分の問題だ。
 どちらにしても、今回はどう考えても必要な動作ではなかった。目標はあまりに大き
く、そして至近距離だ。狙いを外すはずも無い。
「プアヌークの邪剣よ!!」
 暗く力強い、破壊の奔流が迸る。
「指揮官としては賢明だったのだろうが……これはいくらなんでも無粋というものだろ
う。……なあ? そう思わないか? 皇華」
 ハイドラントは空を見上げる。
 星々が姿を見せはじめた、呼びかけた者が居る空を。
「さあ、もうひと働きしておくとしよう。……お前のためにな」


「第三主砲大破。甲板部に致命的損傷を確認。火災発生。隔壁を下げます。……敵、未
だ健在」
「馬鹿な……直撃だったはずだぞ!?」
 そもそも魔術で戦艦の装甲を破ったということの方が、俊範には信じ難いことだった。
 通常、戦艦の装甲というものは同型艦の主砲の直撃に耐えれるように設計される。つ
まりは冬月の持つ主砲に、いや、冬月が誇る粒子砲にさえ耐えうる装甲を持っているは
ずなのだ。
 構造的に弱い部分を突かれたなら、あるいは内部に潜入し破壊工作を行ったなら被害
が出てもおかしくはなかった。
 しかし破壊されたのは装甲甲板。
 もっとも堅固な部分である。
 宙に浮かぶ要塞。
 それが戦艦冬月のあるべき姿であり、また俊範はそうであると信じていた。
 それは過信ではなく自信。
「後退し、この宙域から離脱……!」
 ブリッジを再び重い衝撃が襲った。
 その絶対の自信を打ち砕かれ、それでも撤退の判断を即座に下した俊範は立派だった
と言える。しかし追い討ちをかけるかのような苛烈な攻撃が、彼に牙を剥いて襲い掛かっ
た。
「何だ!?」
「エンジン部中破。出力を維持出来ません。航行に支障が認められます」
「クッ……ハイドラントォ!!」
「レーダーに反応。衛星軌道から攻撃来ます。……ダメ、このままじゃ出力が上がらな
い……。回避不可能。ミサイルで迎撃します」
 冷静さを失わない事は残酷な事であったかもしれない。
 それは自分達に訪れるであろう未来を、正確に予測しうる事であった。
 ――船が……戦艦冬月が沈む?
 思いを否定するために、優喜は力強くミサイルのスイッチを押し込んだ。


 満点の星々を背に、空が一点から光芒を放った。
 流れ落ちる流星。
 雲を裂き、轟音を以って大地をも鳴動させ、それはただ戦艦冬月へと突き進む。
 怒れる雷神の降臨。
 裁く者。破壊者。
 それはいずれであったのか、或いはどちらをも兼ね備えた者であったか。
 赤き光の剣を携えた天空を駆ける者は勢いを止めることなく戦艦から放たれた炎の矢
を打ち砕き、一瞬のうちに戦艦の巨体を貫いていた。


 破壊が訪れるまでの時間はあまりに短いものだった。
 ブリッジが炎に包まれるのもまた。
 ――優喜!
 咄嗟に、俊範は優喜の身体を灼熱の波から庇っていた。
 四方から迫る炎に、それがどれほどの意味があったのか。
 それでも、ほんの一瞬でも、優喜の命が失われる時が遠のいたと、彼はそう信じた。



 巨大な火球と化した船が大地へと落下し、一際大きな炎となる。
「助からんな……。あれでは」
 冷徹な仮面を付けたまま、遙は無情に呟いた。
「それも仕方あるまい。"天空の翼"と"戦乙女の槍"を使えば、所詮戦艦など張子の虎に
過ぎん。ましてハイドラントのサポートがあり、その上使い手が優秀なら……これも当
然の結果だ」
 いずれも朔が保有していたOパーツだ。
 天空の翼は人の身であって大気圏離脱、突入を可能とし、戦乙女の槍は使用者を強固
な障壁で覆い、己自身を槍へと変える。
 単体でさえ絶大な破壊を生みだすことを可能とするこの二つの古代遺産の性能が重な
り合えば、果たしてどうなるか?
 そしてそこに強化人間壱型――皇華――の並外れた戦闘技量が加われば?
 その答えは今示した通りだ。
 とても人の防ぎうるものではない。
「……どういう……つもりだ? おぬし、我に何をさせるつもりだった?」
「さあな。私は何も期待していない。さっきのはただの警告だよ」
「………………」
「貴方に彼らを止める気があったのなら、それなりの処置が出来たかも知れないという
だけの……な。それにしたところで遅きに逸したか……」
「まるで我があやつらを生かしておきたかったと言いたげなセリフよな」
「違うのか?」
 炎に見入っていた二人の視線が重なり合う。
 己の前に立つものが敵であるのか、それとも味方となり得るのかを見極めるために。
 その判断を誤ればそこに死が待ち受けている事を、彼らは知っていた。
 一人はそれを受け入れることを覚悟して。
 一人は死という腕から逃れようと必死になりながら。
 ただ二人は向かい合ったまま動かなかった。
「……貴方がオロチであるのなら、私がこれからすることは貴方にとってどうでも良い
事だ。なぶり殺しにするのも、慰み物にするのも……貴方の自由だ。私が干渉するべき
ことでは恐らくないだろう」
 そう言って遙は右腕を真横にかざした。
 全き闇。
 無限の空間。
 遙の手で生み出された"虚無"が、そこに"存在"した。
 世の理を捻じ曲げ、それは確かにそこに在った。
 その闇が、一人の少女の姿を形取る。
「!」
「だがもし貴方が岩下信なら……貴方には借りがある」
 遙は……いや、己の自我を取り戻した悠朔は二人に背を向け歩き出した。もうこの場
所に用はない。
 藍原瑞穂と岩下信。
 その二つの影が重なるその音を背後に聞きながら、朔はふと、視線をはるか上空に投
げかけた。
「星降る夜に少女と二人、空の散歩……か。随分様になるじゃないか、ハイドラント」



 狂いが生じる。
 時計の歯車のずれが正確な時を狂わすように、月の光が人の心を狂わせる。
 それを表に出すことなく。
 たとえ平常に日常が過ぎようと。
 狂った歯車は、もう元には戻らない。


 平穏を得たかった。
 失ったものを取り戻せるとは思っていなかった。
 けれど、だからこそまた大切なものを失いたくはなかった。
 平穏を保つために力を求め、平穏を乱す敵を狩り……そうして得た平穏が見せかけの
ものだとわかっていても止められなかった。
 そうしなければ、自身の平穏は得られないものだと知ってしまったから。
 使い人さえ居なければ、敵となる者さえ居なければ。
 そういった平穏を得られるのだと。
「それでも平穏な日々であることには変わり無いと思っていました。でも……やはりそ
れも、所詮は見せかけだけだったと、そういうことですか!」
 ただその心安らかな時を保つために、ただ何も失いたくないがためにより深く、より
暗い闇に沈み、しかしその果てにあったものはやはり絶望でしかなかった。
 神凪遼刃は走る。
 ただその怒りの矛先を求め、ただその怒りを叩き付けるために。
 どこに向かえばいいのかはわかっていた。
 その主は真に黒き波動を隠そうともせず、その存在を誇示していた。
 ――誰にも譲らない! あなたを殺すのは……いや違う! あなたを滅ぼし、この世
から消し去るのは……私だ!


 その瞳に映るのは深淵。
 虚構。
 そして狂気。
 その口元にうっすらと笑みを浮かべ、その両脇に二人の少女を引き連れて。壊れた玩
具を弄びながら、OLHは笑みを浮かべていた。
 彼の足元に転がる残骸と形容するのがふさわしい、玩具。
 その手に持ったDセリオの細い腕。
 この学園の守護を司る、四体のセキュリティー・ガードロボ。
 Dシリーズ。
 まともに外観を残しているのは頑固なまでに頑強な装甲を誇ったDボックスだけ。そ
れにしたところで、内部から爆破されてはひとたまりも無い。ただ、沈黙しているだけ
だ。二度と動くことはない。
 そしてその彼の前に佇む者が一人。
 その凄惨な光景を前にして、榊宗一は驚きを覚えるではなく、来るべき時が来たのだ
と。むしろ無気力な納得と、静かな諦めを感じていた。 
「いつか……こんな日が来るんじゃないかとは思っていたんだ。お前は学園屈指の闇使
いだからな」
 声が震えるのを押さえるのに苦労する。
 自分だけでこの狂気を、この闇を押さえることが出来るのか、宗一にはまったく自信
が無かった。
 彼が守るべきものはもう、ここには残されていない。そして一流の剣士として意識は
勝ち目の見えない戦いを仕掛けるべきではないと告げている。
 ただ同僚として、親友としてこのOLHを見ているのはあまりに辛い。
 それだけが、彼がここに居る理由だった。
 あるいはもっと上手く立ち回れば、ここでOLHを倒すのに十分な戦力を確保できて
いたかもしれない。
 自分で言ったことだ。
 予想していなかった訳ではなかった、と。
 そしてへーのき=つかさが遺体となったときに、すべてが始まり……そして終わった
のだ。来栖川警備保障Leaf学園支部の崩壊の時が始まり、そして一瞬でそれは終わ
りを告げた。
 方法はひどく単純なものだった。
 彼女たちの眠りは人のそれより遥かに深い。
 組織内部の人間が小細工を仕掛けるには、ただそれだけの事で充分すぎた。
 あまりにもあっけなく訪れた親しい人間の、そして上司の死。
 だからといって宗一は滅びに魅せられた訳でも、死に花を咲かせようと思った訳でも
ない。
 ただ警備保障の一人としての義務、そして友を想うが故に、彼はOLHの前に立ち塞
がっていた。
「止められないんだな?」
「止める? 何を止めるって言うんだ?」
 静かな、風の無い大海原のように澄んだ瞳。
 そこにあるのは壊れた者の瞳ではない。純粋な、確固たる意志の輝きと、深海の如く
日の届かぬ闇。
「榊……お前は闇の本当の姿を知らないんだよ。闇の力の根元を、その果てをな」
「愛した者をその手にかけることに喜びを見出すような、根暗い感情。……お前はそう
言った。だけどそれで満足だったのか? 本当にこんなことを……お前は望んでいたと
いうのか!」
「そう、その通りだよ。……誰にも渡したくなかった。誰にもね」
 OLHは満足そうに微笑み、肯いた。
「これで……俺の手から誰もこの娘達を奪うことは出来なくなっただろう?」
 OLHに付き従う、二つの影。
 僅かな個性だけを残し、ただOLHに従うだけの人形。
 かつては姫川琴音と、そして笛音と呼ばれていた二人の少女。
 今もその呼称は正しいのだろうか? 意志の無い人形に名は必要なのだろうか?
「俺は…そうは思えない…」
「俺は理解されようと思ってこんなことをした訳じゃないさ」
 二人の前に広がる巨大な亀裂。
 実際の距離はほんの数歩。しかし精神的な隔たりはあまりに大きすぎた。
 この亀裂が塞がる事は、もう二度とないだろうと確信させるほどに。
「お前なら、その心の闇からいつか開放されると信じていたんだ」
「この世で一番恐いのは人間だよ……。心などいくらでも偽り、ごまかせるんだから」
「……残念だ」
 携行してきた刀を抜き、構える。
 OLHはそれでよかったのかもしれない。しかしその想いを押し付けられ、自我を奪
われたこの娘達の幸せは、一体誰が計るのだろう?
 チラリと、憐憫を含んだ視線を少女達に向けた宗一は、二人の背後に人影があるのに
気付いた。
 背筋を凍らせる妖気。
 OLHのみに向けて、叩き付けるようにそれを放つ影が、口を開いた。
「そんな事のために……あなたは琴音さんを傀儡に変えたと、そう言うんですか!」
「そんな事……? それが何より大切だって、そう思うのが何故いけないんだ? 君に
も覚えがあるはずだよ、神凪君」
 もとより誰であったのかわかっていたのだろう。OLHは落ち着きを失いもせず、平
穏に、ただ静かに答えを返した。
「彼女を……琴音さんをあなたから開放する!」
「出来るかい? 君に」
「当たり前だ!!」
 神凪の記憶によれば、傀儡呪は極めて安定性を欠く術だ。そんなものを打ち破ること
など妖術士たる遼刃にとって、造作も無い事であるはずだった。
 にも関わらず、OLHは余裕の表情を変えようとはしない。どころか琴音と笛音に近
付く遼刃の邪魔をしようとさえしなかった。
「……!?」
 OLHの余裕。奇妙な違和感。そして疑念。
 それらがどこに起因するのか。
 残酷な結末が、一瞬にして遼刃の前に示される。
 傀儡呪を安定させる方法はただ一つしかなく、そしてそれは術と呼ぶことさえおこが
ましいほどに単純だ。
 呪に反発するのは被術者の精神。
 それさえ無ければ呪は肉体に容易く浸透し、術は安定する。
 つまり殺せばいいのだ。被術者となる者を。
「ここまで……ここまでするのか……? あなたに……なんの資格がある? こんなこ
とが……許されるのか?」
「俺は笛音を、そして琴音ちゃんを愛している。それだけが理由で、唯一の資格だろう
ね」
 確信を含んだOLHの言葉に、遼刃の膝が折れる。
 宗一の表情がわずかに歪んだ。この凶事が起こる事を防げなかった事への、あるいは
それは悔恨であったのかもしれない。
 力を無くしたかのように、座り込んだまま惚けた表情で琴音を見あげる遼刃の両脇に、
二人の男が進み出た。
「随分手前勝手な理由じゃないか。その代償は高くつくぞ、OLH」
「僕はあなたを許さない。認めない……」
 幻八と東西。
 共に琴音と親しい関係にあった者だ。
 幻八は仮眠館の主と客として、東西は琴音に思慕を向ける者として。
「結局僕は……共に生きる事も、君の心を癒す事も……出来なかった」
 東西が独白する。
 命を宿さぬ、琴音の姿をした物に。
「今の僕に出来る事はきっと、仇を討つことだけだ……。それだけはきっと、果たして
みせる」
「四対一というのは主義に反するが、お前のした事はそれだけの重さがあった。悪いが
……覚悟を決めろ!!」
 幻八がブラックウィングを構える。
 それに合わせて遼刃は生気のない表情のまま、しかしその両目に決然とした意志を称
え立ち上がった。
 その右手を、琴音に向ける。
「光破!」
 その呪の詠唱は単純で、凝縮された瘴気があっさりと目標を打ち砕いていた。
「さあ始めよう。……私はあなたに滅びをもたらさなくてはならない」
 涙のあふれる両の瞳をそのままに、遼刃の右腕に巻かれていたスカーフが床に落ちる。
 彼の魔力の封印が、静かに解かれた。 



 光の無い、小さな部屋。
 来栖川家の一角。
 かすかな光を押しのけ、影がより深さを増す。
 特別な音も立てず、それ以外になんの兆しも無いまま、次の瞬間にはそれは人の姿を
取っていた。
 その人影が周囲を見回す。
 "それ"にとって比較対象となるのは自分の部屋と数少ない友達の部屋だけであったと
はいえ、その部屋はよく整頓されていると言えた。
 可愛らしいマスコットやぬいぐるみが棚に鎮座し、その部屋の主が女性である事を主
張している。もし状況が状況でなければ……それなりに緊張を以って訪ねるべき場所で
あったかもしれない。
 ――時間には……まだ充分すぎるな。
 一歩踏み出そうとして自分が土足である事に気付く。
 躊躇しかけて、それがなんの意味も無い事にも同時に気付いた。
 ――いまさらだ。
 "それ"は心の中で毒づいた。
 ――終わってしまった事を……クヨクヨと……。
「誰?」
「!?」
 一瞬期待する。
 その声の主が誰であるかに。
 そしてその期待が裏切られ、自分がある意味において最悪の状況に立たされている事
を知る。
 もとより期待する意味など無い。
 その行為より無意味な事を、今の"それ"は知らない。
 たとえその声が、望んだ者の声にどれほど似通っていたとしても……それは望んだ者
の声ではありえない。
「……綾香……か」
 "それ"――悠朔――は小さく嘆息すると、背後にいる声の主に呼びかけた。

 学習机の前に立つ朔と、ベッドの横からそれを見上げる綾香。
 ベッドに突っ伏して泣いていたのだという事はすぐにわかった。
 綾香の前の布団のへこみと、その涙の痕から。
 向き合う二人に奇妙な沈黙が流れる。
 それは贖罪を希望しているようにも……あるいは断罪への心構えのための時間のよう
にも感じられたが、朔にとってはそれがどちらであろうと結局のところどうでも良い事
だった。
 その時間が、ただ綾香が自分にどういう態度を取ればいいのか。それを迷っていただ
けだと気付いていたし、それがそういう意味を持っていただけの事だ。
「ゆーさ……」
「まさか貴方がこちらにいるとは思っていなかった。それは……多分誤算と呼ぶべき事
だろうな」
 綾香の呼びかけを遮って言葉を紡ぐ。
 呼びかけを拒絶するために、言葉という鎧で身を包む。
 決別する覚悟は決まっていた。
 あるいは、そうであるはずだったのに……。
「……どうして?」
 また、綾香の瞳から雫が流れる。
 でも動揺はしない。
 してはならない。自分でそう決めた。
「ねぇ……どうしてよ?」
「どうして……か。貴方にそう尋ねられる事は多すぎる。どれを指しているのか判断出
来ないが……ここにいる理由ならただの感傷だよ。取るに足らない……な」
「取るに足らない……ですって?」
 涙に覆われた視線で睨み付ける。
 親の仇でも睨むように。綾香が邪眼の力を宿していたならそれだけで睨み殺せるほど
の殺気を込めて。
「そうだ……。他人には干渉せず日々平穏を装い、何かに執着したり特別な興味を抱い
たりもしない。それは妥協という名の大人の挫折を使いこなしているからという事では
なく、ただ単に本質的に自分以外に興味を抱かないからだ。貴方の興味を引こうとやっ
きになった事もあったが、結局私はそういう人間だったらしい」
 不意に綾香は理解した。
 朔はもう他人なのだと。
 友達ですらない、ただの顔見知り。それだけの存在でしかないのだと。
「……ハイドは?」
 ふと浮かんだ疑念を突きつける。
 何故ハイドラントが"裏切った"のか。
 ハイドラントが何を思い、こんな無謀とも言える争いを起こしたのか。
 綾香はそれを知りたいと思った。
 怒りと、それ以上の不満を胸に。
 その感情が何に起因するか、彼女はまだ気付いていない。
「さぁな。奴が何を考えての事かなど私は知らない。私がハイドラントに協力する気に
なったのはささやかな興味の結果だからな。この学園で本気で戦争をしたら果たしてど
ちらが……誰が残るか? その答えを得ようとしただけの……な。ハイドラント率いる
"列強"対全生徒という対立になったのが少々不満だが、参謀として動けたのはなかなか
楽しかった」
 理念よりも情念を。
 集団の秩序よりも個々の意志を。
 もとより彼はそういう類の人間だった。
 だから綾香は疑わなかった。疑う理由が無かった。朔の言葉を疑うには、失ったもの
が大きすぎた。
 だから問う。敢えて問う。
「それじゃあ……どうして綾芽を殺したのよ!! あの娘には関係ない事じゃない!!」
 自分の傍らで無邪気に微笑んでいた、自分によく似た少女のために涙を流しながら。
 朔は黙って……それを見下ろしていた。
 ただ、無表情に。


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朔    「OLH様、Lメモ魔王大戦 枝話 「闇想」による協賛、まことにありが
     とうございます<( _ _ )>」
ジン   「出てないな」
YOSSYFLAME「出てませんねぇ」
朔    「確かに……出ていない」
ジン   「次回予告で「弔い合戦だぁ!」とか叫んでいる奴がいたように思うんだが
     なぁ?」
YOSSYFLAME「意味深なセリフで質問していた人もいましたよねぇ?」
朔    「出場延期だ。申し訳ないな」
ジン   「無論理由は聞かせてもらえるんだろうな?」
朔    「話が伸びたから……っていうのが最大の理由だな。次回の戦闘シーンに続
     くはずだったのに、そこにすら到達していない。これ以上書くと自分で定め
     た規定量を大幅に越えてしまう」
YOSSYFLAME「出てないって言えば……後書きではいつも綾香さんがいるのに今回は出な
     いんですか?」
朔    「今の状況で綾香に出演を頼むほど、私は命知らずではないつもりだが?」
YOSSYFLAME「(チッ)」
朔    「YOSSYFLAME!! ちょっと綾香と縁が多いからっていい気になってんじゃ
     ないぞぉ!!」
YOSSYFLAME「はいはい。男のひがみはみっともないですよ。それに体育際の時は貴方に
     殺されかかったんですけどねぇ」
朔    「うるさい黙れ! 聞こえん!!(泣)」
ジン   「ところで次俺達出番なのか?」
朔    「………………さぁ?(汗) 出番のはずなんだが……もしかしたらさらに
     伸びるかもしれん(^ ^;  とにかくこの夜に書きたい事は多すぎる。あ
     まり期待しないで待っててくれ」

>次回予告>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

朔    「肯定と否定。容認と拒絶。選択は個人の意志」
ジン   「秩序と混沌の天秤は、混沌へと傾き続けるのか?」
YOSSYFLAME「光の輝きは闇の前に消えようとしているのか? そして命は……守るほど
     の価値あるものなのか……」

『OLH
     「愛さずにはいられないんだよ。そう、愛しているんだ……」
 悠朔
     「さあ……死ぬのは誰にしよう?」
 結城紫音
     「生きる事が罪だなどと……誰にも言わせはしない」』

ジン   「定められた時を生きる者の意地は、生きるが故の業に駆逐されるのか?」
YOSSYFLAME「闇は総てを飲み込み、そして消し去っていく……」
朔    「秩序の崩壊に拍車がかかる。
      次回。Lメモ魔王大戦 硝子の現実
                    『第五幕   "決戦" 月のない夜に』」
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

朔    「協力に感謝する」
ジン   「いいけどよ。これ……ちゃんと予定通りに進むのか?」
朔    「う〜ん、微妙なところです。大六幕が"決戦"になるかも……」
YOSSYFLAME「次の"犠牲者"は誰です?」
朔    「誰がクックロビンを殺したか〜?♪ ク……クク……ハハッハッハッハ。
     いずれわかるさ。いずれ……な」