プロローグ ドクン…ドクン…ドクン…。 ――うるさい……。 ドクン…ドクン…ドクン…。 ――うっとうしい音だな……もうすこし静かに……。静かに眠らせてくれ……。俺を… 俺を目覚めさせるな……。静かにしてくれ……。 ドクン…ドクン…ドクン…。 ――待てよ……ああ、これは……俺の……。 ドクン…ドクン…ドクン…。 ――俺の心臓の音……なの……か? ドクン…ドクン…ドクン! 「たった一人の人間に、この状況を挽回出来るというのか!? 馬鹿にするのも程にして くれ!」 榴弾の音……マシンガンの音……爆音……。 流れる空気。 ここはそう、戦場だ……。 殲滅……。 指令……。 そうだ…指令は敵の殲滅…。 行動…せねば…… 「できますよ……我々が作り上げた最高傑作の、彼ならね!」 誰かが俺を指差した。 顔は覚えていないが、歪んだ不快な顔をしていたのだけは間違いないはずだ。当時そう 感じることがなかったとしても。 「さあ行きなさい! ――――――!!」 「うああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 自分の声に驚いて、目を覚ます。 時計はまだ宵の口である事を示していた。 「……何だって言うんだ……今更……今更のことだろうが……」 もう……終わったことなのに……。 周囲は……闇。 何も動くことのない、闇。 ここにやってきたのは俺一人だったから顔見知りはいないが、それが寂しいという訳じ ゃない。 訪ねてくるような友人がいないのが辛いわけでも…ない。 けれど、耳を澄ませば聞こえてくる、笑い声。 人気ミュージシャンの新曲をBGMに、遊びに興じる声が聞こえてくると。 ――まるで世界中に自分一人しかいないような気になってくる。 「猫一匹でいいから…ここにいてくれればいいのに……な」 夜明けまでの時間はまだ、長い。 Lメモ異聞録vol.3「過去と現在」(前編) 「すまんな光。学校の案内などという面倒なことをさせてしまって」 「いえ。この学校変に入り組んでるから悠さんが迷うのも無理ないですよ。気にする事は ありませんよ」 べつに迷った訳ではなかったが、好意はありがたかった。 学校の施設の場所をちゃんと知っておきたいのも事実であったし。 「……朔でいい」 「は?」 「私のこと、いや、俺のことは朔と呼んでくれないか?」 「でも、先輩ですから」 「わた…俺は中学、高校一年の時には学校には行ってない。学校という施設での経験は光 の方が上だし、西山さんが俺の弟子入り志願を受け入れてくれれば、貴方は兄弟子になる」 「はあ、考えておきます」 「……そうしてくれ」 結城光と悠朔は放課後廊下を歩きながら、そんな会話をしていた。さっき話していたよ うに学校の施設をまわるのが目的だ。 「ところで……その肩の辺りに浮かんでいるそれ……なんだ? 前々から気にはなってい たが」 「え? 紫音ですか?」 悠は黙って肯いた。それがその、青く光るバレーボールくらいの物体の名前だと見当が ついたからだ。 「簡単に言えば精神生命体です」 悠は説明の続きを待ったが、それ以上結城は口を開こうとしない。 ――それで納得しろということか……。 悠はそう解釈した。ただ単に結城が難しい説明を面倒臭がっただけであったのだが。実 際のところはオプションハ○ターを恐れるしがないオプションというのが学園の定説であ るらしい。 そんな事を知らない悠は、仕方がないので納得出来るようにもう一つ質問を付け足す。 「つまり幽霊みたいなものか?」 「多分、外れじゃないとは思いますが……あ、ここが第一購買部兼食堂です。購買部の方 は生徒が生活に必要なものが一通り揃ってます。食堂は日本の郷土料理からフランス料理。 中華、イタ飯、なんでもござれですよ。この学園の自慢の一つですね」 「フ…ン」 かなり広い空間。 購買部のほぼ正面が食堂になっており、ここで生徒達は食事をとるようになっている。 「……中はともかく廊下には血痕とか、爆風の痕なんかがかなりあるな」 「昼休みの主戦場ですからねぇ。最近は風紀委員が頑張ってるから収まってきてますけ ど」 「食事くらいはゆっくりとりたいものだがなぁ」 「この学校にいる限り、基本的にその願いは叶わないと思いますよ。弁当でも持ってこな い限り」 寮生にはきつい注文だ。 まして悠の想い人、来栖川綾香が弁当を作ってきてくれるなんてことは、今の状態では 天地が逆さまになっても起こりそうにない。 結城の方もよく言えば八方美人。悪く言えば特別親しい女性がいる訳ではない。 陰鬱な気分が二人を包んだ。 今まで悠がしてきたように、前日にコンビニのパンでも買っておかなければ、味気ない 食事で我慢しなければ、あの昼の狂乱から抜け出ることはこの二人に出来そうにない。 「……次、行こうか」 「……そうですね」 「そういえば、悠さんはどうしてSS不敗流に?」 道すがら、結城はふと覚えた疑問を悠にぶつけた。こういった質問には自分は答える気 にならないが、人の事は気になるものである。 「……それは違うな」 「え?」 予想外の言葉に、結城は悠の横顔を見上げた。 ――なにが違うというのだろう? 悠さんがSS不敗流に弟子入りを希望したのは確か なのに。 「私は、……俺は別にSS不敗流というものに特に興味はない」 ますますわからない。 「……じゃあ、何故です?」 「俺が弟子入りしたいのは西山英志という一個人であって、あの方が持つ『SS不敗流・ 現宗家』という肩書きは、俺にとっては実のところどうでもいい事だ。性格的にも『守り』 よりは『攻め』の方が性に合う」 その結果、悠は絶大な攻撃力を誇る反面、極端に防御力に欠ける傾向にあるのだが……。 自分が学ぶ武術を貶されて、結城はいい気はしなかった。けれど逆にそれは、西山英志 に崇拝にも似た心境を抱いていることを示している。 「師匠にそこまで……」 「SS不敗流道場を初めて訪れた時……幸運にも俺はあの方の器の大きさを知る機会に恵 まれた」 当時を思い返しているのか、遠い視線で悠は語る。 「あの方に一歩でも近付くこと。それが今の俺の目標だ。……今の俺はあの方を"師匠" と呼ぶにはあまりに未熟。だがいつか、いつか俺が入門を許されたら、その時はよろしく 頼みますよ。先輩」 そう言って悠は笑って見せた。 「ここが第二購買部です。望めば大抵のものを手配してくれます」 「金さえ出せばホワイトハウスでも……だったか?」 「は?」 「いや…なんでもない」 「はあ……あ、beakerさんこんにちは」 人の気配を察したのだろう。店の奥からbeakerがのそっと姿を現した。 「おや結城さん。それに悠さん、いらっしゃい。今日は何をお求めですか?」 「beaker? ここはお前が担当しているのか?」 「あれ? 悠さん知り合いなんですか?」 「クラスメイトだからな。顔と名前くらいは知っている。ところでマッコイ爺さん」 「なんじゃシン。金さえ積めばクレムリン宮殿でも引っ張ってきてやるぞ」 エ○ア88のネタにあっさり反応してきた。意外にノリがいい。さすがは客商売と言っ たところか。 「聞こえてたか」 「ええ。結構音響きますからね、学校の廊下は。それで、なにか御入用ですか?」 「.50BMGカートリッジを5ダースほど頼みたいんだが……手配出来るか?」 「物騒な注文ですね。戦争でも始める気ですか?」 「デザートイーグルを2つもぶら下げてる奴に言われたくないな。それにこれはあまり戦 争向きとも思えんが……」 そう言いながら、悠は1.6m弱のそのライフル――ライト−フィフティ――の銃身を軽 く叩いた。 「遠距離からの要人暗殺。航空機、通信施設、車両の破壊。そのマテリアル・ライフルな らどれも可能でしょう」 「詳しいな」 「デザートイーグルを2つもぶら下げてる奴ですから」 二人は顔を見合わせて笑った。 実際のところ学園では銃刀法はないに等しい。せいぜい来栖川警備保障が目を光らせて いるぐらいだ。 それに悠は集めはしても使う気は毛頭ない。あくまでコレクションだ。 「.50BMGカートリッジ5ダースですね。承っておきます。他には?」 「ショットガンの手持ちがないから検討しているんだが……いいか。今回は見合わせよう。 少々懐も寂しい事だしな」 「毎度ありがとうございました」 「ああ」 悠はライト−フィフティを懐に収め、購買部から離れた。 「待たせたな光。さ、次へ行こうか」 結城は納得のいかない面持ちのまま訊ねた。 「今そのライフル何処から出して、何処にしまいました?」 無論悠は答えなかった。 「そういえば…beakerの浮気の噂は実際のところどうなんだろう?」 「浮気って…あの人誰かと付き合ってたんですか?」 「さあ? 名前も顔も知らないからなあ。眼鏡を外した委員長に似ているとか似てないと か……そういう話は聞いたような気はするが……」 「僕が悠さんのクラスの委員長を知ってるわけないでしょう」 「それもそうか……あ、いや、そうじゃなくて、保科智子のことだ。Hi−waitやFoolと よく一緒にいる……」 「ああ、あの人ですか。……でもやっぱり心当たり無いですねぇ」 「まぁ、別に裏を取ってある話じゃないし、どうでもいいことだけどな……」 事の真相を確かめようとした名も知らない女生徒が、何故かかがみ込んで必死で涙を堪 えていたりしたが……二人とも気にしない事にした(酷い…ような気はするけど、暴力に 晒されるよりはマシだよな? な?)。 「ここが生徒会室ですけど……一般の生徒には特に関係のない部屋ですね」 その部屋に特徴はなかった。 特別に何かが貼り出してあったりもせず、これといって目立つものがある訳でもない。 強いてあげるなら廊下に置かれた御意見箱だけが異彩を放ってもいたが、実際にここに 意見を入れるものはごく少数だろう。この箱の価値は、せいぜいごみ箱と大差ない。 「最近は風紀委員会と結託して、いろいろ企んでいるらしいですけどね」 「太田香奈子…生徒会長か……」 「それに、広瀬ゆかり風紀委員長です」 「きな臭い話だな」 「昔はもっと自由だったんですけどね」 結城は肩を竦めた。 結託しているというのは噂の一つにすぎない。実際には対立しているとも、無干渉であ るとも言われている。 正直無干渉であるというのはとても信じるに足る話ではなかったが。 悠は情報特捜部にそれについて調べさせていたが、反応は予想を遥かに越えて悪かった。 何も情報は得られなかったと言っても過言ではない。今回の情報特捜部の対応は目を覆 うばかりの燦燦たるありさまだった。 構成メンバーも現地調達したのではないかとまで思えるド素人ばかり。 これで噂話以上の情報を得られる事を期待する方がどうかしている。 「まったく……本部は何をやってるんだ?」 「え?」 「いや…なんでもない」 悠は一度だけ鋭い視線をその教室に向け、生徒会室を後にした。 廊下を歩いていた悠は、ふと足を止めた。 「……」 「悠さん? どうしました?」 「すまん光。急用を思い出した。案内を頼んでおいてすまないが、今日はこれでお開きと いう事にしてくれ」 「? はあ。判りました」 「すまんな。気をつけて帰ってくれ」 「それじゃ…さようなら」 「ああ…また、な」 後ろ髪を引かれるものがあったが、結局光はそのまま帰る事にした。 別れ際、いつも無表情な悠が微笑んでいたのが、やけに印象的だった。 結城が視界から消えるのを確認すると、悠は振り返った。 誰かがつけてきているのには気付いていた。恐らく気付かせたのだろうが。 結城と自分。狙っているのがどちらなのか、しばらく探っていたが視線は常に自分に向 いていた。 なら結城を巻き込みたくないと、自然にそう思った。 ――彼は俺と同じ匂いがする。 苦杯をなめた、かつてこの世界に絶望した、心に傷を負った者の、匂いが。 今の結城の姿が、昔の自分。祖父の元で修練を重ねていた頃とダブって見える。 あれは過去に戦う理由を持ち、そして未来のために強くなることを願った者の姿だ。 そして…今の自分の姿でもあった。 正直、羨んでもいた。 彼の強さに。 心の強さに。 ――いつまでも過去に縛り付けられている自分。…たぶん先生は気付いておられたのだ ろうな。 それが入門した者と入門すら許されなかった者の差なのであろう、そんな気がした。 自然に笑みが浮かぶ。 恐らくは自虐的な。 「さて…何か用か? 『ジャッジ』の方々。……まさかこうも早く敵対する事になるとは 思ってなかったが…ね」 学園の治安維持を目指すボランティア組織『ジャッジ』。悠はそれに対してつい先日情 報の提供を約束したばかりだ。 そればかりか緊急時には惜しみない援助を約束している。 「君は……学園の秩序を乱す存在だ。我々『ジャッジ』は君を拘留する」 岩下信はほんの一時だけ、残念そうな顔をしたものの、極めて事務的にそう告げた。 「君は私闘を演じすぎた」 セリスはそう言いながら、ビームモップのスイッチを入れた。 ヴォン…。 鈍い音とともにモップの先に光が灯る。 「ダーク十三使徒はあなた方にとっても敵のはずだが?」 悠はさも意外そうに言い、反面どこか楽しげに微笑んで見せると、どこからか二本の木 刀を取り出した。 「時と場合による。確かにハイドラントはダーク十三使徒の首長としてマークしているが、 何もわざわざ事ある毎に戦闘を挑むのは間違っている。……彼が爆発するきっかけを与え る事になりかねない」 「抵抗するのは君の自由だ。でも、その場合は実力で取り押さえる!」 二対一。 マルチ以外のすべてを弾き飛ばす絶対の壁として知られるセリスと。 浄化の炎を操る、狂気の神オロチを内包した退魔師岩下信。 学園内屈指の戦闘のプロフェッショナルを前に、悠は引く様子も見せず、それどころか 笑みを絶やそうともしない。 「あなた方にとって…学園の治安を守る事が正義であるように……私にとっての正義も存 在する」 少し意外そうな表情をしたものの、岩下とセリスは油断なく身構えた。 「封神流武闘術正当継承者…悠朔。――売られた喧嘩は買うことにしている……」 空気が凍りついた。 悠にとって懐かしい空気が流れる。 それは…戦場の空気だった。 以前誰かが聞いた。 「何故ハイドラントと戦うのか?」 と。 そのときの答えは確かこうだった。 「戦いじゃなくて喧嘩…あるいは戦闘訓練か、ただのじゃれあいだ」 どれほどエスカレートしても死人は出ない。どちらも死なない。 そんなものは戦いとは呼べない。 そもそもハイドラントと悠には天と地ほどの実力差がある。ハイドラントが本気になれ ば瞬殺されるのは悠の方だ。 しかし、彼はそれをしない。しょせん遊びだからだ。二人ともその事を判っている。 語られることなく定められたルールが、そこには厳然と存在する。 そしてその遊びを、二人は楽しんでいる。それだけだ。 破壊と危険がつきまとう遊びを。 しかし……。 「翳りのない明確な殺意……やはりこうでなくては、な」 悠は満足そうな笑みを浮かべた。 「勝てるつもりか……この俺に?」 岩下の言葉遣いはすでに戦闘モードに移行している。 「ぼく達に…なんだけどな。一応」 セリスは訂正を入れたが、岩下は聞いていなかった。 「さて……ね」 悠は静かに両手の木刀を構え、そして動いた。旋風の如く。 ――狙うは一撃必殺! 倒しきれなければ勝ちはない! 一瞬で間合いに踏み込みセリスのビームモップを横薙ぎに弾くと、即座に方向を転換す る。セリスの体勢が崩れたが、悠はそれに構わなかった。 ――セリスにはM.A.フィールドがある。下手な攻撃は無駄だ! 「おおおおおおおおおおおおおお!!」 咆哮をあげ、岩下に迫る悠。 「牙狼…獄葉破ぁぁ!!」 鎌鼬をまとった木刀の一撃は、しかし岩下の体に触れることなく消滅した。 そう、文字どおりに。 木刀は柄だけを残して瞬時に蒸発していた。残された柄に付いた煤が、それが極限まで 圧縮された炎の技であることを教えていた。 「な……」 あまりのことに受け入れるにはわずかな時間が必要だった。そしてそのわずかな隙を、 岩下が見逃すはずもない。 「うおぉ!」 岩下の右腕が悠の首にかかり、そのまま地面に叩き付けられる。 「死ね!!」 爆砕。 「ぐ…は……」 半瞬、意識が飛んだ。 それでも岩下の後頭部に膝蹴りを叩き込み、転がって岩下の腕から逃れる。 追撃は…してこなかった。 「へえ。それでも木刀を放さないなんて、意外にやるね」 セリスはビームモップを霊波刀モードに変え構えを直すに留まり、岩下は苦し紛れの反 撃をものともせずに超然と立っていた。 「余裕のつもりか?」 警戒しながら立ち上がるが、やはり何もしてこない。 「フッ……楽には死なさん! それだけのことだ」 木刀を一本失って戦力はダウンしている。岩下への攻撃はよほど不意を突かなければも う一方の木刀も灰にされるだろう。セリスの方もさっきの攻撃で本気になったらしい。 ――明らかに不利……だな。 それでも悠は笑みを浮かべる。 「上等だよ! 潰してやるさ!!」 絶対的に不利なこの状況で、悠は歓喜の表情で吠えた。 その理由は誰にもわからない。 戦闘は二人の予想を遥かに越えて長引いた。 来栖川警備保障フルメンバーを巻き込み、それに協力した校内巡回班班長きたみちもど るの斬撃に身を晒し、騒ぎを聞きつけて駆けつけた尊敬する西山英志の制止を振り切って。 悠朔がもう一方の木刀を失い、セリスの霊波刀による渾身の一撃と、岩下の八雅女を食 らい倒れるまで……。 大地に伏した悠の表情は、何故かひどく満足そうだった。 <続く!!>