生徒指導部によるリネット制圧は順調に進んでいた。 『ケテル、最上階へ至る第一階段制圧』 『コクマ、ケテルと合流』 『ビナー、第二階段制圧』 『ケセド、第三階段制圧完了』 『ゲプラー、第四階段を制圧しました』 残すは最上階のみ。 この校舎に悠朔がいるのは確かだと言う事だから、居るとしたらこの階か屋上という 事になる。 『よし。ビナー、ケセド、ゲプラーはその場で待機。まずケテル、コクマの両隊で最上 階と屋上を制圧する』 第一小隊ケテルの隊長を務める永井はそう支持を出すと、階段から踊り場へと歩を進 めた。彼は第一小隊隊長を務めると同時に警邏隊総監でもある。今回は指揮のほぼ全権 を任されていた。 『コクマはケテルを援護しろ。これまでと同様に部屋を確認する』 諾の返答が返って来るが、いちいち反応するのも面倒になりつつあった。 ――命令が瞬時に伝わるのが便利と言やぁ便利だけどよ。ちょっとやかましいぜ……。 『同感』 誰の思考かもわからないが、永井の思考に共感する返事が返って来る。 思考が筒抜けなのも考え物だ。 うっかり余計な事も考えられない。 ともかく警戒しながら各教室をチェックする。 警戒されないように一人だけ屋上に送り込むが、人影は発見できず。残りは実際に最 上階のみとなった。 さすがに特別教室に放課後居残っているような生徒は部活動を除いてほとんど居ない。 一番面倒だった教師達にしても、捕物が終わるまで職員室から出ない事ですでに納得し てくれている。 窓から逃亡したのでもない限り――それにしたところでリネットの周辺にはティファ レト小隊が配備されている。発見すればディルクセンから連絡が入るはずだ――彼らが 朔を捕らえるのはもはや時間の問題に見えた。 教室を順次調べるうちに第二階段に到着。ビナー小隊と合流する。 同様にケセド、ゲプラーと合流するまで、朔の姿は見当たらなかった。 『という事は……だ』 永井は自分の視線の先に伸びる廊下に目を向けた。 この先には階段は無い。 12mほどの廊下の横に教室が二つ並び、そして正面に大型の特別教室がある。 『残り三部屋ですね』 『ああ』 永井が指示を出そうとした瞬間、廊下の横側の一番奥のドアが開いた。 『目標を捕捉!! 構えろ!』 ガシャガシャガシャッと激しい音をさせて、約50人が銃を水平に構える。 「情報特捜部部長、悠朔! 貴様を学賊とみなし拘留する! 抵抗すれば罪は重くなる。 もう逃げられん、覚悟しろ!」 言いながら、永井は抵抗する事を期待していた。 鼻っ柱の強い奴を叩きのめす事ほど楽しい事はない。 その期待に応えるように、朔が銃を引き抜く。 『これだけの数を相手に銃撃戦をするつもりか! 構わん、撃て!!』 先程とは比べ物にならない、さらに激しい音が数秒間場を支配した。 別にこの銃撃戦に勝つつもりはなかった。 勝てない、とは思わなかったが、勝ったところで意味はない。 適当なところで退く。 その予定だ。 身体に、急に熱を持った熱い点がいくつも生まれる。 狙われている場所だ。 レーザーサイトで示されているかのように、着弾位置がはっきりとわかる。 どうやら構えている銃すべてが当たる訳ではなさそうだ。 生徒指導部の練度はまだまだ低いらしい。 それでもやばそうな位置に撃って来る相手数人の銃を射撃で弾き飛ばし、あとは死角 に移動する事で回避する。 頃合いだと思ったところで銃に射撃を受け、取り落としたふりをして教室に引っ込む。 少し勿体無いが、所詮他人の銃――ディルクセンのワルサーPPK――だ。傷が付こう が壊れようが、少しも気にならない。 ドアを閉めて準備完了。 ふと見るとディルクセンが勝ち誇った顔で出迎えてくれた。 意外と単純なのかもしれないが、こいつを喜ばしておく義理も無し。何か喚かれたら 気分も滅入る。 懐に忍ばせたスイッチを無造作に、押す。 閃光が溢れた。 同時に爆音と振動が数度響き渡る。 データのオーバーフローが原因でハングアップしたパソコンを再度立ち上げ、シャロ ンを呼び出す。 「作戦完了。……撤収しよう」 「……了解。お疲れさまでした」 電源を切り、ディスプレイを畳む。 シッポは静かに長く、嘆息した。 任務完了の充足感はやはり無かった。 眼前には煙を噴き上げる教員校舎リネット。ティファレト小隊が慌てて校舎に駆け込 んでいくのが見える。 あとに残ったのは疲労感。 ただ、それだけだった。 「な……」 ――Mission complete。 絶句するディルクセンに、朔は厳かに宣言した。 心の中で。 「爆破だと……?」 「私は知らんぞ、先に言っておくが。ジン辺りが撃った流れ弾かなにかじゃないのか?」 呆気に取られる男性陣を余所に、女性達は彼らより遥かに俊敏に動いた。 乱暴にドアを開き、飛び出す。 「!!」 絶句する。 その異様な光景に。 予想された血生臭い光景は、そこに広がっていなかった。 誰も。 誰一人として怪我を負った者は居ない。 見れば爆発によって破壊されているのは廊下の端――大型特別教室側――だけで、生 徒指導部が固まっていた場所にはほとんどその痕跡は見られなかった。 廊下の中央に、ほぼ等間隔に穴が穿たれている以外は。 全員無事……だ。 虚ろに虚空を見上げる者。 うめき声をあげながら倒れている者。 ひたすら懺悔の言葉を繰り返す者。 気を失っている者。 怪我を負った者が居ないのと同様、立っている者も誰も居なかった。その状態を無事 と呼ぶのならば。 「……さて、風紀委員長」 先程懐に手をやった時に抜いただろう。朔は銃口を己に向け、戸口で固まるゆかりに 差し出した。 M92ストック。 ゆかりの手に、ドスリと重さがのしかかる。 次いでM93Rを渡し、P90は夏樹に手渡す。 朔が所持していた三丁の銃。 「武装解除だ。監禁、脅迫、傷害、器物破損、騒乱罪で、生徒指導部の連中が駆け込ん で来る前に、さっさと逮捕してくれ」 「……とんでもないことしたわね」 「そうかもな……。立て篭もって戦うつもりだったが、予想より遥かに戦力を投入して くれた。過大に評価してくれているらしい」 顔面蒼白となったゆかりの言葉を、朔は笑って受け流した。 「それにしても生徒指導部も災難だな」 と。 だが彼女にはわかってしまった。 彼の狙いがなんだったのか。 それは、 ――生徒指導部の主力に、強烈な心的傷害を残す事。 ゆかりの背筋を寒気が襲った。 迫り来る爆破の波。 襲い掛かる熱風。 そして逃げる間も無く足元に設置された閃光弾の光に呑まれる。 その瞬間、生徒指導部は生きながらにして焼かれる恐怖と、死の幻影……あるいは死 そのものを見た事だろう。 ・・・・・ それも一人のものではなく、五十人分の、『鉢がね』によって増幅された幻影を。 『鉢がね』は命令の混線を避けるため、二つのチャンネルが用意されている。小隊指 揮用の各小隊ごとのチャンネルと大隊指揮用の指揮官クラスに対してのみのチャンネル だ。 今回はそれは最悪な形で影響を与えた。 指揮を執っていたのは永井。 『草』において『火』の暗殺部隊を取り仕きる者。 各部隊長を通じ、全員の恐怖を瞬時に受け取った彼にとって、死はあまりに身近なも のだった。それだけにその幻影はリアルさと残虐性を増し、そしてそれは同じルートを 経て隊員全員に送り返されてしまったのだ。 早々に気絶出来たものは幸せだったはずだ。 あるいは発狂した者も出たかもしれない。 「……悠朔。貴方を風紀委員会の名の下に、逮捕、拘留します」 「ああ」 「西村先生」 「ん、あ、ああ。……なんだ?」 「廊下の生徒を保護をお願いします」 「わかった」 「田中くんも先生を手伝ってくれる?」 「わかりました」 「ゆかり……。私は?」 「夏樹は私と、彼を学園地下反省房に護送」 「はい」 二人に促され、朔は廊下へ足を踏み出した。 勝者の威厳と、風格を携えて。 が、ふと思い出したように教室を振り返った。 「ディルクセン」 うな垂れる、その生徒の名を呼ぶ。 上げた顔には明らかな憔悴があった。 「……またな」 彼は底冷えのする笑みを投げかけ、そして去った。 この爆破事件で1〜5小隊に主戦力を集中させていた生徒指導部は戦力の約7割を失 った。 その多くの者が精神科の医師の介護を必要とし、日常への復帰は当分不可能と断定さ れた。一ヶ月以内に回復が見込まれる人員は、その2割にも満たないという。 1〜5小隊に配属されていた生徒の中には全身に火傷に似た水脹れを負った者もいた が、炎に巻かれた者は皆無であった。光に呑まれた事で錯覚を起こし、精神が肉体に影 響を与えた結果だと予測されている。 この事件の主犯は、未だ不明となっている。 勝つというのは力において相手を上回る事でも、ましてや幸運を待つ事でもない。 勝つとはすなわち負かす事。蹴落とす事。つまずいたヤツを踏み潰す事。ドブに落ち たイヌを棒で沈める事。ぱっくり開いた傷口に塩をすり込む事。 勝ち残るとは屍を越える事だ…。決して美しい事じゃない。むしろ残酷な事なんだ。 それでも頂点に立ちたいと思うなら、鬼になれ。 渡久地トーア ――ONEOUTS―― ======================================= 朔 「はっきり先に言っておきますが、これは批難されてしかるべきストーリーです。 かなり御都合主義的に話が進んでるし」 綾香 「……開き直ったわね」 朔 「ですが、言いたい事はほぼ総て話の中に詰め込んだつもりです。十代後半の多 感な少女に一生物の心の傷を追わせようとした奴等に、容赦する気などありませ ん。彼らに正義を語る資格はすでにない。ついでに言っておけば私は正義の味方 でもないし、彼らのやり方にランクを合わせただけです。ただ、我々の方が人と してより深く壊れていた。その結果がこうなったという、ただそれだけです。 外道とは私のような者を言うのだよ、風見ひなた君! はっはっは」 綾香 「だからって、無関係な生徒指導部の部員も巻き込んだのはどうかと思うわよ?」 シッポ「彼らには指導者を選ぶ権利がりました。ディルクセンさんの危険性を見ぬけな かったその責任は彼ら自身に帰結するはずです」 綾香 「自業自得……って言うつもり?」 朔 「作中でも言ったけどな……。 甘く見るな!! ジン・ジャザムがバトルホリック! 来栖川綾香が格闘の天才なら!」 朔&シッポ「俺達は戦争のプロだ!!」 ===+++=== 気分はスパイ大作戦。 とまあ、キャラクターは強気ですが、書いた方は後悔してたりします。 いっそボツにしてSage Factoryの方に投稿すべきかどうか、2〜3週間 ほど真剣に悩んだりしたし……。 でぃるくせんさんからは「鬼、悪魔〜」という言葉を頂いてしまいました。わ〜い(汗) ……困ったもんです。 生徒指導部はまだ活動、反撃を続けるようですが……。 とりあえず、抗議はメールにて受け付けております(汗) Eメール:ri-net@zb3.so-net.ne.jp ===+++=== ======================================= おまけ act.1 銃の解説コーナー。 作中で使用されたが解説が無かった二丁の銃に関して。 P90……………専用の弾丸を使用する事で絶大な貫通力を誇るアサルト・ライフル。 TRIGAN MAXIMUMの2〜3巻でブラドが使っていたの は多分これ(笑) 極めて特徴的なフォルムを持つ。 装弾数50。 Lメモ私的列伝vol.2「学園保安合同会議編『本日の議題』」で も使用しているので、気が向いたら読んで頂きたい。 M92ストック…ベレッタ社がM92Fのバリエーションとして開発したモデル。 ベレッタM92Fとの差は主に手動セフティ部分。スライド後端に あるM92Fとは異なり、M92ストックはフレーム後端部分にセフ ティが設定されている。 これにより、コック・アンド・ロック(ハンマーをコックしたまま でセフティでロックする)からの、より素早い抜き打ちが可能となっ ている。 ======================================= おまけ act.2 悠朔の罪状に関する詳細。 監禁…………ディルクセン、広瀬ゆかり、貞本夏樹、田中、西村の五名を銃で脅し、 教室から出る事を禁じた。 脅迫…………同上。 傷害…………ディルクセンの太股を銃で撃ち抜いた。 器物破損……上記の所作に及んだ時、同時にディルクセンの座っていた椅子に穴を 開けた。 騒乱…………該当する件例なし。騒ぎを起こしたものの、社会秩序が乱れるほどの ものではなかった。 罰則 二日間地下反省房に拘留。 二年生棟アズエルの全便所掃除一週間。 及び反省文の提出。 悠「人の命って軽いよな〜、この学園」 ======================================= おまけ act.3 相変わらず名ばかりの部長は誰も居ない情報特捜部の部室の一点を見据え、不機嫌そ うに考えていた。 ――改革が必要だ。それも早急に!! 「幹事会の報告は以上です。……何か質問はありますか?」 ・・・・・・ 晴れて幹事という役職を得て議長を務める理由が出来たシッポは、いつもと同じよう に滞りなく部会を進行させていた。 「無いようでしたら、次の会報に掲載する記事について……」 「その前に少しいいか?」 「? なんです部長?」 「部室にコーヒーサイフォンを持ち込んだのは誰だ?」 「あ、俺です」 片手を上げて答えた城下和樹を、悠朔は強烈な視線で睨み付けた。 「コーヒーの匂いが部室に充満して非常に不愉快だ。すぐ持って帰れ」 「え? でも使ってる人結構居ますよ?」 和樹の言う事は事実である。 というか、朔には理解しがたい現実だが、珈琲を飲む事を常とする人物は、紅茶をそ れとする人物より遥かに多いらしい。 あのようなエゲツナイ匂いのする泥水を何故好き好んで飲むのか? 眠気覚ましという意見をよく聞くが、覚醒作用のあるカフェインの含有量は紅茶の方 が多い。 とある人物に問うて見ると、「あの不味さが目を覚まさせるんだ」という答えを得る 事が出来た。カフェイン含有量を述べ、重ねて問うてみると、「紅茶はリラックスする から眠くなる」のだそうだ。 朔から見ればこれこそ物好きの極みだ。 「……じゃ、コーヒーの匂いが嫌だっていう人は?」 シッポの問いに手を上げたのは、朔一人だけだった。 人生は絶え間なく連続した問題集や。 揃って複雑。選択肢は酷薄。加えて制限時間まで有る。 一番最低なんは、夢みたいな解法を待って何一つ選ばない事や。オロオロしてる間に 全部おじゃん。 一人も救えへん。 ……選ばなアカンねや!! 一人も殺せん奴に、一人も救えるもんかい。 ワシら神さまと違うねん。万能でないだけ鬼にもならなアカン…。 ニコラス・D・ウルフウッド ――TRIGAN MAXIMUM―― 「要求を却下。部室でのコーヒーサイフォンの使用を許可します」 「何故だぁぁぁぁ――――――!!」 なんか血の涙を流してまで抗議しているのが居るが、今日の部会も無事に終わりそう だ。 シッポは満足げに肯いた。 後日悠朔が復権を企むも、シッポに妨害され挫折。 「コーヒーなんてこの世界から無くなってしまえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」 彼がそう叫んだかどうかは、定かではない。 =======================================