綾香の誕生日、その後 投稿者:悠朔


 重厚な雰囲気のただよう校長室。
 そこで向き合う二人の人物。
「二度にわたる我が侭を聞き届けてくださって感謝します」
 そう言って片方――歳若い男だ――が頭を下げる。
「いいえ……。この学園に通う生徒を厭う教師は、この学園には居ないわ。帰
ってきてくれて本当に嬉しいですよ」
 そう言ってこの部屋の主はやんわりと微笑んだ。
 男がもう一度頭を下げる。
 心からの謝意を込めて。
「でも……届けを受けてから一週間ですよね? どうしてたんですか?」
「……時間が必要だったんですよ。俺自身がふんぎりを付けるための」
「決心が付いた。と?」
 男が無言で肯く。
「ここに来なければもう二度と会えない。そんな気がしたんですよ。……あま
りに恐ろしい予感だった。それでも、一週間……かかってしまいましたがね」
「羨ましいですね」
「え?」
「そんなに想われている人が」
「……そうでもないんじゃないですか? 好きでもない人間からのこういった
感情は、煩わしいだけでしょう?」
「本当にそう思う?」
 男は肩をすくめて苦笑した。
「わからないからここに居るんですよ」
「そう……そうね。……授業が始まるまでまだ少しありますね。クッキーでも
いかが?」
「いえ……。本来歓迎されざる者ですし、それに今は一秒でも早く、あの教室
に行きたいので。これで失礼します」
「そうですか。……残念。今日のは自信作だったのに」
「失礼します」
 生徒の意見をより深く知るためにと出入りが自由になっている校長室。
 だがそこに出入りする生徒は皆無に近い。
 その理由は校長室の隣の給湯室に、キッチンに必要な装備が一式揃っている
事と無関係ではない。
 校長室を無事に後にして、男は胸を撫で下ろした。



                       「綾香の誕生日、その後」
                       『花束を送ったその後に』



 友人が学園を去ってから、一週間が経った。
 唐突に去って行ったこの一年近く、馬鹿やったりくだらない話をして過ごし
た相手。
 何が悪かったのか?
 誰が悪かったのか?
 その問いには、多分答えなんて無いんだろう。そう思う。
 ただ彼が、自分の弱さ。脆さ。そういったものに耐えられなかっただけなの
かもしれない。
 子供……だったのだろうか、結局。
 私も、あいつも。
 それから……ハイドも。
 校門のところで姉の芹香と別れ、教室に向かう途中で、来栖川綾香は漫然と、
そんな事を考えていた。
 集中力も、テンションも、上がらない一週間だった。部活ではとうとう、坂
下好恵に「やる気が無いなら帰れ」とまで言われてしまった。
 ――あの娘もなんだかんだ言ってキツイわよね〜。
 どうすれば良かったのか。
 これからどうすれば良いのか。
 その答えが見つからない。
 顔を上げる。
 冬の澄んだ空気と、蒼い空が見えた。
「暦の上ではもう春……か」
 自分が酷くちっぽけな事に悩んでいるような気がした。
 それでも……答えはやはり、見つからなかった。


 教室に到着し、扉を開ける。
 視界に飛び込んできたのはまず、制服の無いこの学園では珍しい、黒づくめ
の男だった。
 扉近くの壁に背を預けたその男は恐ろしく不機嫌そうに口元をヘの字に歪め、
忌々しそうに教室の一点を睨み付けている。
「……ハイド?」
 男――ハイドラント――の愛称を呼び、少し顔を傾げる。
「綾香か。おはよう」
「おはよ。……どうしたの? 朝からそんな不機嫌そうな顔して」
「……気に入らん人間が教室に居る。それだけだ」
「それだけって……あのね」
 苦笑しながら、少し呆れた顔を浮かべて見せる。
「無闇に威圧感辺りに振りまくの、止めなさいよね。それでなくても……」
 言葉が途切れた。
 瞳が驚愕に見開かれる。
 ハイドラントの視線を追った先に居たのは、
「ゆーさく……」
 呆然と、その人物の名――ではない。敢えて言うが――を呼ぶ。
 いつも使っていた椅子に腰掛け、ぼんやりと窓の外。空へと視線を向けてい
る。
 去って行ってしまったはずの、その男が。
 新たに加わった視線に気付いたのか、ふとその男――悠朔――が視線を教室
の中へと移した。
 綾香の姿を捉える。
 照れたような、自嘲したような、そんな笑みを浮かべた。
 それを見た時、綾香の中で何かが弾けた。
 足早に朔の元へと向かう。
 後ろでハイドラントが呼んだような気がしたが、気にも留めなかった。
 自分が何をしようとしているか、という自覚はあまり無かった。
 ただ、そうしなければならないという、そんな確固たる意志があった。
「よう、綾香」
 そう言って片手を上げてみせた朔に。
 否。
 朔の顔面に。
 ジャブとストレートとハイキックのコンビネーションが綺麗に飛んだ。
「勝手に自己完結してるんじゃ、ないわよ!!」
 そしてようやく、綾香は朔が居なくなった事を悲しんでいたのではなく、寂
しさを感じていた訳でもなく、怒っていたのだという事を自覚したのだ。


 因みに朔は復帰一日目を寝て過ごした。
 かの柳川裕也教諭でさえ、何も言わなかった。
 いやだって、死人は命の炎燃やしてくれないし。


「どーしてここに居るのよ?」
 放課後、意識を取り戻した朔に――誰も保健室に連れて行こうとしなかった。
結構冷たいヤツラである――棘のある口調で綾香が問う。
 椅子に座っている朔を、机に腰かけた綾香が見下ろす。
 その視線は冷たく鋭い。
「居ちゃ悪いのかよ」
 それに合わせたように、朔も不機嫌だった。
「学校辞めたんじゃなかったっけ?」
「辞めたぞ。一週間ほど」
「ふざけてるの? それに……なんて顔してるのよ?」
 朔の顔には見事に腫れあがった青あざが浮かんでいる。目を覚ましてから気
孔で癒しているのだが、そう簡単に治るものでもない。
「もう素敵過ぎて呆れちゃうわね」
「誰のせいだ、誰の」
「あなた」
 綾香が即答する。
「……そーなのか?」
「決まってるでしょ」
「むぅ……」
 断言されてしまうと反論の余地は無い。世の中そんなもんだ。
「で? どういう訳?」
「……帰った途端、姉貴に家を追い出された。己の意志を全うできないような
軟弱者は、悠家に必要ありません。だそうだ。さっさと学園に帰りなさいとさ」
 その笑顔がやたら爽やかだった事が、妙に朔の印象に残っている。
 ――それに、貴方に心配されるほど、私は頼りなくはありません……か。
 本当は居て欲しかったんじゃないかと、そう思う。
 あの神社は一人で生活するには寂しすぎる。
 それでも、無理に居残ってたら彼女が得意とする長刀で斬られていたかもし
れない。姉の意思はそれほど固かった。
「…………」
「それに、実は金が無い」
「?」
「神主やるには神道系の大学に進学する必要がある。が、大検と大学の入学費、
授業料、学生生活中の生活費なんかを考えると、手持ちの金では全然足りない。
大検受けるよりはここを卒業する方が安上がりと、そういう事だ」
「……確か結構、お金持ってなかったっけ?」
「それはあくまで学生としては、という程度だが……。まあ確かに小金持ちで
はあったな」
 実のところ朔の自己評価はかなり低い。
 学園にくるまでに荒稼ぎしていた朔は、実際学園の生徒の中では屈指の金持
ちだったと言える。
 物に頓着する性格でもないので、ほとんど支出も無かった。
「何に使ったのよ、それ」
「……10月の始めに台風が来てな」
 フー、と嘆息して遠い目をする。
「家が半壊した」
「…………。それは……御愁傷様」
「神社仏閣の建て直しっていうのには、思った以上に金がかかるんだと実感し
たぞ。そこに国宝Gメンとかいうのが来て文句を言い始めた。なんでもうちに
あった中に値打ち物があるらしくてな。劣化しないよう状態を維持出来る環境
を作れ。一般に公開しろ。出来なければ国が没収する。などと一方的に喚き散
らして帰ってったんだそーだ」
 掌をひらひらと振る。
「家宝を持っていかれてはたまらんとすったもんだしたら、家で備蓄してた金
なんぞ一瞬でパーだ。財政が実は火の車だったと知ったら出さん訳にもいかん
だろ」
「ふ〜ん……。結構大変ね」
「まぁな。お陰で参拝客が多少増えたから、少しは良かったところもあったと
言えるが……改築してから建物の重厚さがなくなった。残念な限りだ」
 言って嘆息する。
「以上が俺がここに帰ってきた理由だ。納得したか?」
 問いかけに肯きかけた綾香が、かぶりを振った。
「ひとつだけ、聞いてないわ」
「なんだ?」
「あなたは、どうしたかったのか。それ、まだ言ってないでしょ?」
「…………」
「わたしと顔合わせたくなかったんじゃないかって……思うんだけど?」
「かもな」
 あっさり肯定した朔の言葉に、綾香の顔に動揺が浮かぶ。
 綾香は知っていた。
 朔は金が無いからだ、と言ったが、それは学園に戻ってくる理由には実はな
らない。授業料を払うより、大検を受けるだけなら遥かに安上がりだからだ。
お金がかかるのは学力を上げるための勉強をそれ専門の塾などで行った場合だ
けで、独力のみで勉強する場合は当てはまらない。
「だったら……」
「あんな手紙置いて出て行ったのに、恥ずかしいってのが正直なところかな? 
……けど、会うのが恥ずかしいから一生会わないっていうのも、寂しい話だろ」
 それは綾香の言った意味と少し異なる。
 が、彼女にはどう言えば良かったのか、わからなかった。
 だから口を噤んだ。
 それを察して、朔が笑みを浮かべる。
「……俺達、友達だよな?」
「恋人で無いことは確かよねぇ?」
「茶化すなよ」
 二人して苦笑を浮かべる。
「…………。多分」
「多分、か。なんとも頼りないな」
「あなたがわたしの信頼を失うような事したからでしょ?」
「なるほど。じゃあ失墜した信頼を取り返さないとな。それとも、俺が居ちゃ
邪魔か?」
「まさか。あなたが居なくなったせいで綾芽は泣くし怒るし暴れるしで、もう
大変だったんだからね。そのあとず〜と塞ぎ込んでるし。長瀬さんは長瀬さん
で取り乱すし。綾芽を見て姉さんは落ち込むし」
 朔の額に冷や汗が浮かぶ。
「……綾芽と芹香さんには謝っとく。長瀬さんってのは?」
「ああ、セバスチャンの事よ」
「…………。なんであの爺さんが取り乱す?」
「さあ? 実は高く評価してたとか」
「無い無い。それは無い」
 苦笑して否定する。
 ――まぁ、無償の護衛が一人減ったとでも思ったんだろ。
 それともうひとつ、可能性がある。
「綾芽のこと、結構気に入ってるんじゃないのか? 孫か曾孫みたいな感じで
さ?」
「ま、そんなところかもね。あの人頑固だから言ったら否定しそうだけど」
 綾芽が今後どうしていくのか、どうなっていくのか。
 気にはなるが、それよりはまだ、自分がどうなっていくのか、どうしていく
のかを考えなければならない。高校生とはそんな時期だ。
 朔が視線を自分の、指を組んだ手に落とす。
 なんとなく、視線を合わせたままでは言いにくい。
「……俺は、諦めないことにした」
「え?」
「ずっと……必死になってやっているつもりで、多分心の中では諦めていたん
じゃないかと、そう思う」
「……何を?」
 おずおずと、綾香が尋ねる。
「いろいろだ。流派を正式に継げるほど強くなること。ハイドラントに勝つこ
と。自分が本当にやりたい事を見つけること。それから……もしかしたら生き
ることも」
 視線を遠くへ。
 窓の外を沈み行く夕日の、さらに遠くへと向ける。
「諦めてないふりを、必死になってし続けていたような……そんな気がする」
「…………」
 沈黙していた綾香が、不意に身体を震わせ始めた。
「プ……クク……アハハ」
 笑い出す。
「なにを……な〜に人生と仕事に疲れた中年みたいな事言ってるのよ! あ〜
おっかしい〜」
 腹を抱えてケタケタ笑っているその姿を見て、朔が憮然とした表情を浮かべ
る。
「仕方なかろ。俺はニヒリスト(虚無主義)の皮肉屋だからな。思考のベクト
ルは大抵マイナス方向だ」
「それを方向転換するってわけ?」
 目もとの涙を拭いつつ綾香。
「そんなに人がいきなり変わるかっ。少し前向きにやってみようと思っただけ
だ。……全開くれて逃げても埒が開かんのなら、喧嘩売るしかないだろ」
「あなたらしい意見よね」
 綾香が肯くのを見て、朔は立ち上がった。
「何処行くの?」
「ハイドラントのところ。諦めないって言ったろ? 久々に白星付けてやる」
 言ったその顔は十代の少年らしい悪餓鬼の笑顔だった。
 自然に綾香の顔にも笑みが浮かぶ。
「話は総て聞かせてもらった」
 声と同時に教室の入り口が勢い良く開く。
 そこに仁王立ちする一人の男。
「ハイド?」
「……盗み聞きとは良い趣味だな〜」
「フッ……。なかなか面白い話だったぞ。それにこの台詞。前に言ってからや
みつきになってな」
「あっそ」
「左様で。……ま、丁度良い機会だ。一戦相手して貰おうか?」
「よかろう。ここのところ気兼ねなくやれる相手が居なくて退屈していたとこ
ろだ。思いきり暴れたいんでな。外に場所を移すとしよう」
「わかった」
「綾香。付いてくれば私の活躍を間近で観賞した上で、勝利の祝福のキスの栄
誉を与えてやろう」
「行きたくない。部活行かなきゃならないしね」
「おら、即答されてのの字書いていじけるな。みっともない」
「悠ぁ! 貴様にこの苦しみが! この悲しみがわかるかっ!?」
「多分。って言うかだいぶ。あ、そだ。綾香」
 しゃがみこんでいたハイドラントの尻を扉の方へと蹴りつつ、朔が顔だけ振
り返る。
「なに?」
「もう一つ、諦めないものがあった」
「?」
「質問だ。二人の人間が、お互い同じ想いを抱いていると感じる瞬間。それは
本当にまったく同じ想いだと言えると思うか?」
「……そんなの、確かめようがないじゃない。わからないわよ」
「然り。それでも人はその想いが同じだと信じようとする。その幻想が一人だ
けのものではない……とな」
 ニッと、朔は笑った。
「俺はお前と、そういう関係になりたい。……あ、前に言ったのも嘘じゃない
ぞ。お前が誰を選んだとしても、俺は生涯、お前の友としてある。言霊に賭け
て誓うよ。でも今は下心ありという事で……今後ともよろしく?」
 言ってきびすを返した。
「おし、行くぞハイドラント」
「貴様……私の目の前で人の女を口説くとは良い度胸だ」
「良い女口説くのにわざわざ許可なんて取ってられるか」
「真理だがだからこそむかつくというものだ」
「そりゃ同感だな。それに、誰が誰の女だ? ええ?」
「貴様が……!」
「大体お前が……!」
「……!」
「……!!」
 二人が教室を後にし、言い争う声も遠くなる。
 しばらくすれば校庭の方から激しく争う音が聞こえてくるようになるだろう。
「これも一つの友情の形……かな? 男って良いわよね〜」
 クスクスと笑い、そして嘆息する。
 ――にしても、どうして……こう、素直に。だからえっと……そうだって、
言ってくれないかな〜。ふ・た・り・と・も!
 そしてまた、クスクスと笑う。
「そこが、二人の可愛いところなのかもね」


 また、彼の居る、学園の生活が始まる。


 本日の戦闘結果。
 教室を出た直後からお互いに隙を伺っていた両氏は階段にさしかかかった時
点で戦端を開く。
 先制したのはハイドラントの攻撃魔術。以後中距離での激しい乱打戦になる
ものの、最初の一撃がキーとなり、この一戦はハイドラントが制する事となっ
た。
 敗北を喫した悠氏は「先制を許した自分の甘さを恥じるばかり。次回には必
ず雪辱を晴らす」とコメントしている。

 校舎を壊したせいで、千鶴先生には二人ともしっかり怒られた。

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朔 「以前東西さんが言っていた、何事もなかったかのように帰ってくる話、
  で〜す! 言われたからには書かねばなるまいとか思ってたのに、少し時
  期オーバー。最近忙しかったからね〜」
綾芽「帰ってくる話、ホントは書く気なかったんでしょ?」
朔 「ま、思いついたからにはってとこかね。実際の執筆時間三時間では、構
  成に不満が出まくる事がわかっただけでも良しとしよう」
綾芽「でも1年前の話の続きって……」
朔 「東西さん、自分で言ったこと覚えてるだろうか? ま、それはそれとし
  て、皆様またの機会に〜」
綾芽「じゃ〜ね〜!」

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 本日の小ネタ

ハイドラント「我々は大神ダークの教えを知り、世界に浄化をもたらす。邪魔
      はさせん。誰にもな」
城戸芳晴  「主の尊い教えに耳を傾けぬ救えぬ豚どもめ。せめて死んで大地
      の糧となれ」
皇日輪   「御仏の慈悲の心を受け取れないとは、哀れを通り越して滑稽で
      すよ」
悠朔    「貴様らのような外来をありがたがる輩が、神州を汚してきたの
      だと何故わからん」

 第一次Leaf学園宗教戦争勃発。
 さてこの中で本気で言ってるのは誰でしょう?





 ハイドラントが唱える大神ダークはフェイクなので、本気な訳がなかった。
 皇日輪は天上天下唯我独尊な人が始めた宗教に、まだそこまで傾倒していな
かった。
 悠朔に至っては国家神道なので宗教ですらなかった。
 そして城戸義晴。

 彼はカソリックだった。


悠朔    「おい! 一人だけ目がマジだぞ!?」
ハイドラント「これだから宗教家は融通が効かんというのだ」
皇日輪   「貴方だって宗教家でしょうに」


城戸芳晴  「フフフハハ! いい異教徒は死んだ異教徒だけだぁ!!」