Lメモ・テニスエントリー「掟破りのツープラトン」(後編) 投稿者:ギャラ

 その日の放課後。
「志保はいるかっ!?」
 ばしん、と音を立てて扉が開く。
 教室に飛び込んできた浩之は、殺気の籠もった目で辺りを見回した。
「何騒いでんのよ、ヒロ」
「てめぇ! よくもワケの分からんガセネタまき散らしてくれたなっ!?」
 浩之が怒鳴りつけると、志保もむっとした表情になる。
「何よ、そのガセネタってのは? 志保ちゃんニュースはいつでも正確迅速問答無用がモットー
 なんだからね」
「嘘つけっ! お前、あかりとオレが別れたとか言ってまわったらしいじゃねぇか!」
 図星をつかれたのか、志保がたじろぐ。
「う……そ、それは……そう、あかりの為よ! テニスのパートナーを募るにも、そういった方が
 集めやすいでしょ? あたしは親友のためを思って、身を切る思いで仕方なく……ううっ」
 わざとらしく泣き真似などする志保。
「よよよ……分かってくれるでしょ?」
「分かるかっ!」
 だが、浩之は一言で切って捨てた。
「オレとあかりはつきあってるわけじゃねぇ! 別れるとかそういう以前の問題なんだよ!」
「ふ〜ん?」
「第一! なんでお前があかりのパートナーなんか探してんだ!?」
「だって、あんた出ないんでしょ?」
 あっさりと答える志保。
「だからって、あかりが出れなくなったら可哀想じゃない。賞品は温泉旅行なんだしさ。
 だから、あたしが一肌脱いであげたのよ」
「だからってなあ……!」
「なら、あんたが出るっての?」
「う……」
 志保の反撃に浩之がたじろいだ。
「それならあたしも何もしないけどね。どうなのよ?」
「くっ……」
 浩之が呻く。
 テニスなんざやりたくもない。だが……。
 いや、あかりが他の奴と組もうが温泉に行こうが、オレには関係はないはず、なんだが……。
 そのはずだが……。
「仕方ね……」

『その心配はありませんともっ!』

「どわあっ!?」
「い、いつの間にそこに?」
 突然背後に湧いて出たギャラに、志保が警戒の目を向ける。
「はっはっは。細かいことは気にしないほーが幸せになれるですよ」
「……まあ、今さらどーとは言わねぇが……」
 いい加減諦めたのか、浩之が疲れきった口調で呟いた。
「……で? 何の心配がいらねぇんだ?」
 ぽん、とギャラが手を拍ちあわせる。
「いやはや、そーでした。実はですね、私があかり様と組んで出ようかと思うのですよ」
「……」
「え? あ、そうなの?」
「ええ、今から誘いに行くところでして」
 そう言いながら、ギャラがこっそりと視線を浩之に向ける。
 だが、自分の考えに沈んでいる浩之は、それに気づきはしなかった。
「とゆーわけなのですが、如何でしょう、藤田さま?」
「ん……? あ、ああ、別にいいんじゃねぇか?」
 ……そうだよな。確かに変な先輩だけど、別に止める理由もねぇよな……。
「多分、あかりも喜ぶんじゃねぇか? ……じゃあな」
 口早にそれだけ言って、浩之が教室から出ていく。
 眉をしかめてそれを見ていた志保が、険のある眼差しをギャラに向けた。
「あれ……無理してるわね」
「いやはや、そうみたいですね」
 けろっとした顔でギャラが笑う。
「わざわざあんな事聞いて……どういうつもりよ?」
「まあ、そんな怖い顔をしないで下さいよ」
 へらへらと笑ったまま、ギャラも教室から出ていく。
 その姿が見えなくなってから、志保は苛立った様子で一つ溜息を吐き出した。



 ずずっ。
「……ったく、なんなんだか」
 カフェオレを啜りながら、浩之はぼやいた。
 自分が苛立っていることは気づいている。だが、何故苛立っているのかは自分自身はっきりと
していなかった。
「……はぁ」
 溜息一つついて、だらだらと廊下を歩き出す。
 しばらくして、その足がぴたりと止まった。
「……ったく、なんなんだか」
 再びぼやく。
 無意識のうちにテニスコートの方に向かっていた足を改めて目的地に向けようとして……
何処に行くあてもないことに、ようやく気がついた。
「……久しぶりにゲーセンでも寄ってくか」
 呟いて、踵を返す。と――
「あれ、藤田先輩? こんにちは」
「こんにちは」
 たけると電芹のペアが微笑んで会釈する。
「……よお」
「どうしたの? 元気ないみたいだけど……」
「いや……何でもねぇよ」
 やはり、そう見えるのか。
 苦笑を浮かべたつもりだったが、彼女の目にどう映ったかは自信がなかった。
「ふ〜ん……でも、顔色がよくないみたいだけど」
 たけるも、疑わしげに首を傾げている。
「たけるさん、他の方のプライベートな事に立ち入るのは……」
 電芹がたけるの袖を引く。
 その光景を見て、浩之はふと既視感に襲われた。
 自分の横に誰もいない、ということが、急にどうしようもない虚しさを感じさせる。
「仲、いいんだな。二人とも……」
「え?」
 唐突な言葉に、たけるがきょとんとした表情になったが、
「うん! いつもいっしょだしね」
「た、たけるさん……」
 たけるに抱きつかれた電芹の顔に、照れたように赤みがさす。
「でも、藤田さんだって、あかりさんといつもいっしょでしょ?」
 無邪気にたけるが言う。
 悪気がないだけに、その言葉は今の浩之にとって何よりも痛かった。
「いや……オレたちはただの幼なじみだしな」
 浩之自身は気づいていなかったが……その言葉を口にした時、彼の顔には苦々しい自嘲の
笑みが浮かんでいた。
「……だから?」
 たけるの表情に毒はない。
 本当に不思議そうに、浩之を見ている。
「藤田さん、あかりさんといっしょにいたくないの?」
「それは……」
「――藤田さん」
 たけるに抱きつかれたまま、電芹が浩之に目を向ける。
 その真剣な目を見て――浩之は、そのまま目が離せなくなった。
「私はメイドロボで、たけるさんは人間です。ですが、そんな事は多分どうでもいいことで――
 ただ、いっしょにいたいと思うこと。そして、その思いを伝えること。――それだけが大切
 なんじゃないかと、私はこの学園に来て、そう思うようになりました」
 電芹の表情は変わらない。
 だが浩之には、そこに「何か」が見えたような、そんな気がした。
「いっしょにいたい、か……」
 考えてみれば、いつもあいつはそう言っていたのではないか。
 自分がどうしたいのかは、まだ見えないが……
「サンキューな、電芹」
 ぽん、と肩を叩いて背を向ける。
 そのまま、浩之は一気に駆け出した。
「――いえ」
「がんばれ〜」
 電芹とたけるの声を背中で聞きながら、走る。
 浩之の視界の中で、ほとんど見えなかったテニスコートが、ぐんぐんと大きくなっていった。



「……どうしました、あかり様?」
「えっ? あ……ううん、何でもないの」
 はっと夢から醒めたような顔で、あかりが首を振る。
 ギャラはそんなあかりを何か言いたげに見ていたが、結局何も言わずに顔を正面に戻した。
「それでは、お願いします」
「……」
 こくり。
 頷いた芹香が、ボールを軽く投げ上げて綺麗なサーブを放つ。
 あかりとギャラは、テニスの練習の真っ最中であった。
 どんな詐術を用いたのか、あかりを説得してペアを組んだギャラは、クラスメートのよしみで
芹香にコーチを頼んだのである。スピードやパワーはともかく、教科書どおりの綺麗なフォーム
を持つ芹香は、コーチとしてはうってつけであった。
 とは言え……
 ぽぅん。
「……おや?」
「……」
 空振ったギャラのラケットの30センチ下を、ボールが通り過ぎていく。
「……下手くそだにゃ」
 コート横のベンチでエーデルハイドが呟く。
 彼の言うとおり、このペアは教え甲斐がないこと甚だしかった。
 ギャラは運動神経皆無だし、あかりは運動能力はあっても、心ここにあらずといった風情で
まるで調子が出ていない。
 結局、「とりあえずラリーが出来ること」が目標という非常に情けない状況になっていた。
「……本当に真面目にやってんのかにゃ?」
「いやいや、勿論ですとも」
 半眼のエーデルハイドに、ギャラが笑って答える。
「なにしろ私は、ルーティさまに殴り合いで負けるような男ですから。本気でやってもこの程度
 が関の山とゆーものです」
 てぃーくんを薔薇部に引き込もうとした時、殴り倒されたらしい。
 ちなみに、ルーティは傷一つ受けなかった。
「……」
 こんこん。
「……あ、はい。次をお願いします」
 ボールを一度足下でつき、再び芹香がサーブの構えに入る。
 そして、ボールを投げ上げようとして――

「ちょっと待ったぁぁぁっ!」

「浩之ちゃん!?」
「はぁ、はぁ、はぁ……わりぃな、先輩。練習はこれまでってことにしてくれねぇか?」
 走り込んできた浩之が、息を整えながら芹香に向けて、拝むように片手を立てる。
「……いやはや、説明はしてもらえるんでしょうね、藤田さま?」
「なぁに、簡単なことだぜ……」
 ギャラの前に立ちはだかるように、浩之が一歩前に出る。
「あんたとあかりのペアを解消してもらいたいってだけさ」
「ふむ……?」
 にやりと浩之が笑みを浮かべ、ギャラも面白がるように唇の端を曲げた。
「どんな資格があって、そーゆーことを言うんです?」
「知らねぇ」
 きっぱりと言い切る浩之。
「無茶言ってんのは自分でも分かってんだけどな……どうにも我慢出来ねぇんだよ」
「いやはや……」
 呆れたように……けれど何処か楽しそうに、ギャラが天を仰ぐ。
「まったくもって無茶ですね」
「……ギャラちゃん……」
「ええ、分かっていますよ」
 笑みを浮かべたまま、浩之の後ろにいるあかりへとギャラの視線が動いた。
「賭は貴方の勝ちです。約束どおり、ペアは解消しますよ」
「うん……ごめんね」
 ギャラが肩をすくめ、あかりが申し訳なさそうに身を縮める。
「賭?」
「ううん、なんでもないよ……さ、行こ。浩之ちゃん」
「あ……ああ」
「来栖川先輩も、ありがとうございました」
 浩之の手を引きながら、あかりがぺこんと頭を下げる。
「……」
 こくり。
「浩之ちゃん……来てくれてありがと」
「……一人で帰んのが退屈だっただけだよ」
 いつもどおりの雰囲気で話しながら、二人がコートから去っていく。
 それを見やって、ギャラは芹香へと頭を下げた。
「いやはや、すみません。無理言ってお願いしたのに、その必要がなくなってしまいました」
「……」
「……はて、何のことですか? 私は、藤田さまが来ないと思ったからあんな約束を
 したんですよ」
「……」
「……たしかに、四季さまには悪いことをしましたがね」
「……」
「……そうですね。それでは、私も失礼します。今日はありがとうございました」
 ポケットから取り出した紙を、細かく千切る。
 風に流された申込用紙の破片が、一瞬彼の姿を隠し――
 次の瞬間には、男の姿はその場から消え失せていた。
「……」
「はい。帰りますにゃ」
 エーデルハイドが肩に跳び乗る。
「……」
 なでなで。
「芹香さま?」
「……」
「……」
 無言のままでいる芹香に、エーデルハイドもなんとなく黙り込む。
 その柔らかい毛皮を撫でながら、芹香もゆっくりと帰途についた。



「……ねえ、浩之ちゃん」
「……ん?」
「……来てくれて、本当にありがとうね」
「気にすんな。オレが勝手に行っただけだからな。オレの方こそ、邪魔しちまったか?」
「ううん……そんなことないよ」
「そう、か……」
「うん……」
 自分の隣にいる浩之の顔を見上げる。
 その間にある、たった一歩の距離を、今日なら詰められそうな気がした。
「ね、浩之ちゃん……」
 出来るだけ自然に、けれど全身に力と想いを込めて、一歩を踏み出す。
「ん?」
 一瞬、驚いたような顔をして――そして、浩之が顔を前に戻す。
 顔に、微かな笑みを湛えて。
 ……出来た。
「ううん……なんでもないよ」
 そして、寄り添った二つの影は。
 静かに、とても静かに坂道を下っていった。





 おまけ

「いやはや……我ながら酔狂ですな」
 りーふ学園裏山……通称黄昏丘で、ギャラは一人立ちつくしていた。
「パートナーがいなくては大会出場もままなりませんし、今回は見物でしょうか……」
 風が寒い。
 男女ペアという条件が、果てしなく重く彼の背にのしかかっていた。
 と、風がやむ。
 いや、風が何かによって遮られているのだ。
「……阿部さま?」
「ああ……ギャラくんかい」
 普段から血色の悪い顔をさらに青白くした貴之が、遠い眼差しのまま呟いた。
「君も、たそがれてるのかい……?」
「ええ……」
「そうか……君もどうだい?」
 じゃらり、と貴之が怪しげな錠剤を勧める。
「いえ、結構です」
「ふふふ……柳川さんが、僕を放ってテニス大会なんかに出ちゃったんだよ」
 ふふふ、と貴之が昏い目で笑う。
 その姿を見るうち、ふとギャラの脳裏にろくでもない考えが浮かんだ。
「阿部さま。少々お話が……」



 翌日。
 暗躍生徒会室でのんびりしているRuneの耳に、何か巨大なものが近づいてくるような
足音が聞こえてきた。
「……何だ?」
「てめ、このやろ、正義の怒りを思い知らせてやろうか!」
 Hi-waitから弁当を奪う手を止めて、Runeが宙を見上げた。
「こんな足音たてそうな奴というと……」
「無視するなぁぁぁっ!」
 Hi-waitのナイフを弁当箱のアルミ蓋で捌きながらRuneが呟いた、その時。

 どがあっ!

 破砕音とともに扉が弾け飛び、巨体が二つ転がり込んできた。

「魔法老女セバスゥナガセ!」
「マッスルダンディー阿部貴之!」
「「テニス大会、出場します!!」」

「……」
「……」
「……マジ?」
 Runeが弱々しい声で訊ねる。
「……」
 Hi-waitの手から、ナイフがぽとりと落ちた。