「ふん……気にいらん天気だな」 雨を降らせ続けている空を見上げて、ハイドは鼻を鳴らした。 空は快晴とは言えないまでも、やや曇り程度の雲にしか覆われていない。 単なる天気雨と考えられなくもないが、ハイドの勘は不愉快なものを感じ 取っていた。 「天候操作の出来るSS使いはいたか?」 「オカ研くらいだろうか……指導部絡みでは思いつかないな」 同じことを考えていたのか、岩下も鋭い目で空を睨みながら呟く。 実際には、巨大な水タンクを搭載した戦艦冬月が上空で散水しているの だが、さすがにそこまでは思い至らなかったらしい。 「とりあえず、雨を避ける場所にでも移るか」 「そうだな……まあ、いいだろう」 ハイドと岩下が頷き合って、歩き出そうとする。 まさにその時だった。彼らの後ろから、儚げな声がかかったのは。 「あの……傘はいりませんか?」 振り向いた二人の前で、縦ロールが恥ずかしげに微笑む。 そこに立っていたのは、傘を抱えた金髪の美少女だった。 ただし首から下はサイボーグ。 そして何故か赤いランドセル。 『不気味』とか『不条理』とかいった言葉をじっくり煮込んで、梅雨時の 日向に一週間ほど放置しておけばこーゆー物体が出来上がるだろーか、と 思わせる存在がそこにあった。 その時、岩下とハイドラントを襲った目眩は、けっして夏の日差しのせい だけではあるまい。 いや、雨降ってるけど。 「な……何だ貴様はっ!?」 もはや『誰』とすら聞いてもらえない、哀れなkose子(仮名)。 「まさか生徒指導部の手の者かっ!」 びしっ、と突きつけた岩下の指も、微妙にずれた方向を指し示している。 目を逸らしているのだから仕方ないが。 「え……と、あの、ボクは何の変哲もない只の傘売りの少女なんですけど……」 「「嘘つけや」」 「…………」 「「…………」」 いたたまれない沈黙。 鈴木○の子なみの厚化粧に覆われたkosekiの頬を、一筋の冷や汗が流れ 落ちた。 ……対処法検討中。 「……ああっ! このまま傘が一本も売れないと、家で待っているお母さんに 叱られてしまうっ!」 ……泣き落としに決定。 がばっ、とばかりに両手で覆ったkose子の顔から、静かな啜り泣きの声が 聞こえてきた。失敗するとロクな目に遭わないのは事実なので、泣き声にも 信憑性がたっぷりと籠もっている。 風紀委員を三日もやれば、美也がどれほど恐ろしい上司かは、身に染みて 分かるだろうが。 「お願いです、そこのお二人っ! ボクの傘を買って下さいっ!」 「「断る」」 この間、わずかコンマ0.05秒。 宇宙刑事も真っ青だ。 「――速ッ!?」 さすがは炎術格闘家と暗殺者……と感心していいのかどうか。 思わず硬直したkose子の前で、ハイドラントが殊更に音を立てて拳を 作った。 「さて……何を企んでいるのか知らんが、洗いざらい吐いてもらうとするか。 まさか止めんだろうな、岩下よ?」 「うむ。陰謀を突き止めるためならば、多少の荒療治もやむを得まい……」 大きく踏み出した二人の足下で、砕かれた小石が軋みをあげる。 kose子の全身に吹き付ける殺気は、そこらのいじめっ子など比較にも ならない強烈なものだ。 kose子の脳裏に、『死』の文字が浮かんだ。 (こんな……こんな所で死ぬのか、ボクは? りーふ学園に来て、まだ何も やっていないのに……!) しかも、こんな葬式場が爆笑の渦に包まれそうな格好で。 破損のひどい死体を『家族でも見分けがつかない』などと喩えるが、その 段でいけば、今のkose子は『家族でも見分けのつけたくない』死体になるに 違いない。 (嫌だ……ボクは誓ったんだ! これまでの自分とは違う、新しい自分に 生まれ変わるんだって……!) ある意味、これまでの自分と違うことは確かだが。 後はモロッコにでも行けば、完全に生まれ変わることは保証しよう。 (生きるんだ……っ!) kose子の……いや、kosekiの目に強い意志の光が灯る。 そして背後に『カ○ジ』のよーな黒ベタトーンが浮かぶ。 (生きろっ……生きろっ……!) 何処からともなく響く、謎のナレーション。 「う……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」 一際高く吠えたkosekiが、獣の動きでハイドラントに跳びかかった。 それに応じてハイドラントが、右手を振り上げて一言呟く。 「――プアヌークの邪剣よ」 ……以下省略。 「……さすがにバトルシーンの描写すらないのはムゴいと思うんですけど……」 五分後。 ぼこぼこにドツき倒されたkosekiは、みの虫のように逆さ吊りになった姿 で目の幅の涙を垂れ流していた。今なら悟りも開けそうな気がする。 世界は夏だが、kosekiの心は冬まっしぐらだった。 ついでに筆者の周りも冬だが。書き始めたのは夏なのに。 ……いや、深くは追求しないでいただきたい。 逆さ吊りにされたkosekiの前に、ハイドラントが立った。 「さて、それでは裏を吐いてもらおうか? 言っておくが、黙秘権など 存在せん。素直に吐かないと不幸な目に遭ってもらうことになるぞ」 「……ハイドラント。あまり残酷なことは賛成できないが」 一応、といった感じで岩下が口を挟む。そちらを振り返り、ハイドラント はにやりと笑った。 「心配するな、岩下。ただ、これを付けてもらうだけだ」 いつの間にか、その手には何か金属室の物が握られている。 それは―― 「……メガネ?」 「うむ」 平然と頷くと、ハイドラントはkosekiに向き直り、 「素直に話さんと言うのなら、このメガネをかけてもらうぞっ! ……ちなみに、そこの岩下という男はメガネさえかけていれば男だろーが 女だろーが動植物だろーが藍原だろーが射程範囲なケダモノであり貴様の 貞操は大ピンチッ!」 「……楽には死ねんぞぉ!」 轟。 言いかけたハイドラントの足下を、音を立てて炎が走り抜けた。 だが、ハイドラントの身体は、それが届くより早く高々と舞い上がって いる。 「いきなり何をするっ! 私は事実を告げただけだろうがっ!」 ついでに、kosekiの身体は、それが届くと同時に赤々と燃え上がっている。 「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!?」 なんとなく香ばしい匂いが辺りに漂ってみたり。 それでも生きてるあたり、さすがサイボーグといった感じだが。 「何が事実だっ! 瑞穂くんを動物以下のように言うなど、断じて許すわけ にはいかん!」 「……メガネ疑惑の方は否定せんのか?」 「う、うるさいっ! そっちこそ、13歳なら何でもいいのだろうがっ!」 「何をほざくっ! 私の心はあくまで13歳綾香の元にあって、貴様の様に メガネなら何でもいいとか13歳なら何でもいいとかいうわけではない!」 どっちにしろ駄目人間のよーな気もするが。 「それを言うなら、自分だって同じだ! メガネがあって瑞穂くんがあるの ではなく、むしろ瑞穂くんがあってメガネがあるからこそ瑞穂くんがメガネ であり……その、何だ、ともかく瑞穂くんがメガネなのだっ!」 叫んでいる途中で、当人も混乱してきたらしい。 どーでもいーが、メガネでない瑞穂に意味はないのだろーか。そこら辺 いかがでしょう、鑑定士の長瀬さん? : : : 『いやぁ、そうですね……やはり、みずぴーの鑑定の上で決め手になるのは メガネですから、メガネのないみずぴーだけですと鑑定額はどうしても 下がってしまうんですねー。ああ、もちろん、メガネがあっても、贋作の みずぴーに本物のメガネを付けるという贋作の手口もありますし、それ だけでは評価できませんが。 強いて言うなら、メガネのないみずぴーはただのみずぴーだ、といった ところでしょうかねえ……』 はい、ありがとうございましたー。 カメラを現場に戻しまーす。 : : : 「ふっ……なかなかやるな、岩下よ」 「その言葉――お前にそっくり返そう、ハイドラント」 荒く息をつきながら、二人が視線を交わし合う。 どーやら、いつの間にか友情とか連帯感とかそーいったものが芽生えた らしかった。少年マンガの王道的展開である。 「考えてみれば、メガネもそう悪くないではないか。うむ、綾香がメガネを かけた姿など、なかなかアンバランスでよいかもしれんな」 「いや、こちらも13歳を馬鹿にして悪かった……考えてみれば、瑞穂くんも 体型からすればおおよそそんな所だしな」 ……少年マンガにしては、口走る内容がアレすぎる気もするが。 友情とゆーより、フェチズム同士の共感なのかもしれない。 「……おや? 何をなさっておいでですかな、美也さま?」 「……まあ、ちょっとね」 その頃、超高空の戦艦冬月の中では、美也が挙動不審な行動をとっていた りもするのだが。 コンソールの『録音』と書かれたボタンから指を離し、取り出したディスク を満足げに眺める。 (……これを藍原さんに聞かせたら……) にやり。 学園に降るであろう血の雨を想像して、美也は唇を歪めた。 ……こいつも、早めに始末しておいた方がいいのかもしれない。 いやむしろ、薔薇部ってそんな連中ばっかりだが。 ……んで、話戻って、またもや岩下&ハイドラント。 「そうだ、ハイドラント。これを持っていくといい」 「む、これは……メガネ? しかも黒縁とはっ!」 贈られたメガネを日に透かして、ハイドが驚きの声を上げた。 「来栖川君に贈るといい――」 岩下が優しく微笑む。 友情を確かめ合った男たちの、心を込めた贈り物。 細かいことに……ついでに細かくないことにも目を瞑れば、感動的と言え なくもないよーな光景であった。 「だが、岩下よ……いいのか?」 「気にすることはない……自分なら、常に予備の一つや二つ、持ち歩いて いるからな」 笑って岩下がポケットからメガネを取り出す。ちなみに、こちらは銀縁 だったりするのだが。 「なるほど、流石だな、岩下」 「何、当然の嗜みというものだよ」 ……もはや炎使いなんだかメガネ使いなんだか、分からなくなってきた岩下 である。 いやまあ、メガネ使いが世界を救ってはいかんとゆー法もないので別に かまわないのだが。『メガネの精霊達よ、天界の輝きとなりて、邪なる者を 封じよ!』とか詠唱してみると、それはそれでカッコいいよーな気もするの だが如何なものか。 「実は岩下先輩って、メガネっ娘萌えじゃなくてメガネ萌えなんぎゃあああ ああっ!?」 余計なことを口走ってしまったkosekiが、こんがりとウェルダン具合に 灼かれて悲鳴を上げる。 その微笑ましい光景を横目に、ハイドラントは空を見上げていた。 とーぜん、掲げたメガネ越しに空を見上げたりもする。意味がないと言えば 果てしなく意味のない行動だが、友情に目覚めてプレゼントを受け取った 若者はこのよーな行動をとるのだと、教育○語に書かれているのだからしょーが ない。 逆らったら森○相が枕元に立ちます。貞子のポーズで。 「……ん?」 とゆーわけなので空を見上げて、『ここで涙を浮かべて「これは心の汗 なんだ!」とか叫ぶのは流石にやりすぎだろーなー』などと考えていた ハイドは、ふとメガネのレンズ越しに見える黒点に気がついた。 「あれは……」 「……ん?」 艦長席でレーダーに目を向けていた冬月が、不意に首を傾げた。 かちゃかちゃとコンソールを叩いて、眉を顰める。その様子に気がついて、 美也が声をかけた。 「……どうしたの?」 ちなみに、お茶を啜りながらの呑気な口調だったりするのだが。 先刻の録音テープと、岩下がハイドに贈り物をしている場面の録画映像と で既に今回の任務は終了している。後は、学園に帰投して生徒指導部に匿名 でこれらを投げ込めば済むことだ。自然、気も緩んでこようとゆーもので あろう。 今そー決めた。反論不可。 「む、何か妙な反応でもございましたかな?」 そう訊ねるギャラも、完全無欠にだらけきっている。 早速印刷した写真を丁寧に切り抜いてアルバムに貼っている最中なの だからコイツも救いよーがない。 ……いや、誰も救おうとすらしないだろーが。 人徳のなさがちょっと寂しい今日この頃である。 「まあ、気になさることはございませんとも。このラブラブ写真を学園中に ばら撒けば、予想外の事態にディルクセン様は胃潰瘍か何かでダウン! 私どもは手を汚すことなく怨敵抹殺に成功するとゆー素晴らしい計画に ございますればっ!」 「いえ……でも、レーダーの反応が……優喜、メインスクリーンに甲板を 映してもらえるかな?」 「甲板……ですか? 分かりました」 綾波の指がコンソールの上を滑り、画面が切り替わる。 その瞬間、だった。 『貴様らあああああああああああああああああああああああああああっ!』 「「「「うわあああああああああああああああっ!?」」」」 スクリーンに映ったのは、巨大なハイドラントのアップであった。しかも、 何やら禍々しいオーラまで背負っている。 はっきり言って怖い。 『まじかるアンティークの真のヒロインが長瀬源之助だったと知った時の 恐怖に匹敵する』と言えば想像もつくだろーか。 子供なら泣くだろう、きっと。 大人なら吐くが。 ちなみに、源之助EDをまだ見ていない方は是非ともクリアしていただき たい。死にゆくスペックの花山への告白、とゆー『B○KI』屈指の名場面 と同じくらい泣けることは保証しよう。 「ハ、ハイドラント!? 嘘、どうやって!?」 『今の話、聞かせてもらったぞ……そうか、貴様らのおかげで私はこんな 苦労をなぁ……』 「あー、ハイドラントさま? ここは一つ、穏やかに話し合いをしては如何 かと思うのでございますが……」 『弥生さんはやけに嬉しそうだし、神海の奴は完全に楽しんでるし、葛田は 泣くし、神凪は傍観しやがるし、T-starは「見損ないました」とか言い やがるし、むらさきは役に立たんし、おたけさんはエプロン着せようと しやがるし、電芹は相変わらず電柱にしがみついてるし、平坂は小学部に 忍び込もうとするし、氷上は暴走するし、高橋は壊れてるし……それも 全部貴様らのせいだったとはなあ……』 「そ、それは違うんじゃ……特に後ろ四つ」 冬月が震え声で言ったが、ハイドの耳に入った様子はない。 目が完全にイッていた。 『これは礼をしてやらんとなあ……』 なお、イッたのは目だけであって、他のものではないので注意されたい。 蒼白になって顔を見合わせた四人の耳に、みしみしという不気味な音が 聞こえた。 音は、スクリーンに映るハイドの手の辺りから聞こえている。 「あれは……」 信じられない、といった表情で綾波が呟いた。 ハイドの手の中で、戦艦冬月の装甲が握りしめられ、砕けつつあるのだ。 冬月の顔が、驚愕の色に染まった。 「嘘、でしょう……? 宇宙戦艦の特殊装甲板が……」 そして、美也もまた。 「なんで、こんなことが……?」 ・ ・ ・ ――多元宇宙、という言葉がある。 この宇宙と並行して、少しずつ次元の異なった宇宙がいくつも存在する ――という理論だ。その理論によれば、それらの宇宙は似通ってはいても、 完全に同一のものではない。 例えば、ある次元では理奈がアフロをかぶって芸能界に君臨していたりも するし、またある次元では沙織が美少女仮面サオリーナを名乗っていたりも する……かもしれない。 そして、これらの次元間の壁というものは、時に些細な原因で穴が開いて しまったりもするものなのだ。 例えば、強い怒りによって。 ・ ・ ・ 「……ということだっ!」 説明を終え、きたみちは胸を張ってそう締めくくった。 「で、何か他に質問は?」 「……てゆーか、何なんですかあなたは」 冬月の声は冷たい。 「いや……だってほら、せっかく「知っているのか、雷電!」な技能がある のに誰も使ってくれないから。まめに営業活動でもしようかなー、と」 「割とまめですねー、きたみち先輩」 びみょーに感心した口調の美也である。 「はい、質問でございます」 「ん? ギャラくんどうぞ」 「それで、今のハイドさまはどのよーな次元宇宙の影響が?」 「ああ、それなら……」 ぴっ、と指を立ててきたみちは言った。 「……魔王大戦時空」 ――『魔王大戦』をまだ読んでいない方への簡単な説明。 よーするに無敵。