重苦しい、沈黙だった。 誰も言葉を発しない――というだけではなく、何か禍々しいものがそこに 横たわっているような、そんな沈黙だった。 しばらくの時が過ぎて。 美也が、小さく口を開いた。 「……魔王、大戦?」 「うん」 「……間違いなく?」 「だってほら、岩下さんだってオロチ化してるし」 スクリーンに映るハイドの遙か彼方、地表に小さく見える岩下の姿は、 やけに紅く染まって見えた。 「……ついでに、僕たちの姿も、ほら」 「ああっ!?」 驚愕の声を上げたのは、冬月だった。 彼は、自分の手を見つめながら、 「そんな……さっきまで『ふた○エッチ』みたいだったのに、今では『ベル ○ルク』のタッチになってるじゃないですか!?」 しかも、絵の感じからして12巻とかその辺り。 想像すると不気味な光景ではある。 いや、実際目にするともっと不気味なのだが。 ショックに耐えかねたかのよーに、拳を握りしめて美也が叫んだ。 「ってことは、私ってキャ○カ!?」 どっちかとゆーと、騎士団長ではないだろーか。 ほら、あの女王様っぽい人。 「……どこをどーすれば、そーゆー発言ができるんだろーね」 「……私としましては、モズ○ズ様っぽい気がいたしますなー」 きたみちとギャラが、そう言って頷き合うと同時―― ――ごすっ! やけに生々しい、鈍器っぽい音が艦橋に響きわたった。 「……他に何か言いたいことのある人は?」 朱に染まって倒れたギャラを足下に、静かに問いかける美也。 どーでもいーのだが、初登場時の『ちょっと策士っぽい侮れない少女』の 面影はどこに行ってしまったのだろーか。最近びみょーにバーバリアンっぽい 美也である。 いや、本気でどーでもいーのだが。 ンなこと言い出したら、理奈がアフロ魔人でも何でもなく、清純派の天才 アイドルだった、とゆー設定など最早どこに拉致されたのやら分かったもん じゃないし。 ……そのうち第三国で発見される可能性に期待したい。 森○相が機密漏洩した今となっては無理かもしれんが。 「……ぼぼぼ僕は一言たりとも異議を唱えたりはしていないともっ!」 声まで震わせながら、きたみちが首をぶんぶんと振りたくった。さすがの 飛天御剣流も、釘バットには弱いらしい。 きたみちの窮地を見かねたか、冬月からフォローが飛んだ。 「そ、そうですよ。それにほら、モズ○ズ様だって見ようによっては可愛い と言えなくも……」 「フォローになってないわっ!」 鈍器っぽい音、まーくつー。 「ワイ○ルドの方がよかったああああああああああああっ!?」 絶叫と快音を連れて、白球がバックスクリーンに一直線に突き刺さった。 気分は夏の甲子園。 ……白球に目鼻が付いてたとか、その下に身体が付いてたとか、パネルに 頭部が突き刺さったままヤバげな勢いで血を噴き出させているとかゆー事実 は、とりあえず見なかったことにしておくとよろしかろー。 「まったく、人を何だと思ってるのかしら……」 生徒指導部のアジャ・○ング。もしくはダンプ○本。 ……いや、怖いから口に出さないが。 もはや戦艦冬月の艦橋は、阿鼻叫喚の血の海の様相を呈していた。 釘バットを持った少女が一人に、逆刃刀を持った青年が一人。ついでに 『言われてみれば、かつて人間だった名残があるよーな……』とゆー感じの 肉塊が二つばかり。 そんな中を、一人静かに歩む少女の姿があった。 綾波優喜である。 「……」 優喜は、冬月――より正確に言うなら、さっきまで冬月だった移植臓器用 パーツ詰め合わせ――の横に佇み、小さく口を開いた。 「……どうせなら『ゴッドハンドのボンデージお姉さま』とでも言えばよかった のに……」 さて、艦内でそーいったほのぼのした会話が繰り広げられている間にも、 ハイドラントによる装甲破壊は進んでいたりするわけで。 「……はっ!」 ――美也が正気を取り戻した時には、装甲はあとわずか二層を残すのみと なっていたりするのであった。 「何も解決されてないーーーっ!?」 現実逃避するだけで事態が解決するのなら、世の中苦労はなかろーて。 黒衣の暗殺魔術士と暴走オロチの姿をした『現実』は、もはや目と鼻の先 にまで迫っている。 ちなみに現場は上空ウン千メートル。逃げ場はない。 ついでに、対抗手段もない。 美也ちん大ピンチである。 「が、がお」 「……壊れか?」 丁寧な口調で、そこはかとなく失礼なことを口走る綾波優喜。 「僕が死んだら、残された静はどうなるんだっ!?」 頭を抱えて苦悩するきたみちのぼる。 「……」 「……」 弾けた西瓜のよーな頭部で沈黙するギャラと冬月。 魔王大戦時空に組み込まれたせいで蘇生できずにいるらしく、ぴくぴく と痙攣する断末魔の姿が、見る者の心に哀れを誘う。 魔王大戦時空は強いのはいーのだが、薔薇時空やアフロ時空と違って 死んだら蘇れないのが欠点である。 「いや、欠点じゃなくて仕様なんじゃ?」 そーとも言います。 「……仕様。それは、克服できない欠点のことである! なお、この言葉を 編み出したのは古代中国の舞黒祖不戸さんであり、現代でもマイク○ソフト 社が『とれないバグは仕様』というのはこの故事に由来するんだっ!」 きたみちの「知っているのか、雷電!」技能再び。 ただの嘘八百になってるよーに見えるのは気のせいであり、気にしないと 幸せな記憶が届きます。 空の上に取り残されて泣いている、某国宇宙ステーション乗員の許とかへ。 多分。 「……役に立っているのかどうか、微妙な技能ですね……」 「立ってない、立ってない」 ぱたぱたと手を振りながら、美也がツッコむ。 当然、ツッコみ先は優喜である。 生き残りが三人しかいないので、この辺の描写はちょっと楽だ。ついでに もう一人くらい再起不能になっていただくと、更に楽かもしれない。 ……びみょーに心の動く筆者であった。 いや、そんなことしなくても、もうすぐ三人とも再起不能になりそうだが。 『プアヌークの邪剣よっ!』 ハイドの叫びがスピーカーから響くと同時、轟音が船体を揺さぶった。 コンソール上のランプが一斉に赤く輝き、耳障りな警戒音を奏でる。 残る装甲はあと一層。 「くっ……しまった、あんなことしてる場合じゃなかったのに!」 「ギャグ時空だった頃のノリに引きずられてしまったか!」 吐き捨てるような口調できたみちが叫んだ。 内容はそこはかとなく間抜けだが、口調はハードボイルドなのだと思って いただきたい。 なお、BGMも『鬼神楽』を推奨。 「対空ファランクス作動不能、艦内警備用ガードロイド壊滅、装甲破損に よりエンジン出力30パーセントに制限……」 優喜の見つめるパネルに、絶望的な表示がずらずらと並んでいく。 強く噛んだ唇に、血が滲んだ。 しかも――状況は、より悪い方向へと転がっていく。 優喜の耳に、今最も聞きたくなかった音が飛び込んできた。鋭く、そして 神経を逆撫でするような甲高い音だ。 優喜の顔から、音すら立てそうな勢いで血の気が引いた。 「――補足警戒信号!?」 スクリーンの一部に新しいウィンドウが開き、艦外カメラの捉えた映像が 映し出される。 そこには、両腕に黒い炎を纏いつかせた岩下が、真っ直ぐこちらを睨み つけていた。 数千メートルという視認できるはずのない距離を隔てて、岩下が――オロチ が、残忍に唇を吊り上げた。 「ひ……!」 それと同時、背後から押し殺した悲鳴が聞こえた。 蒼白になった美也の顔が向く先で、スクリーンの中のハイドが、大きく 両手を掲げている。その前には、もはや「辛うじて」として評することの できない装甲が、たった一枚。 「まさか……こんなことで――?」 美也の口から、絶望的な独白が漏れた。 今、この空間を律する法則――魔王大戦時空の下では、死は絶対的な重さ を持つ。復活はけして叶わない。そして、この高さから落ちて助かることも ない。 ――つまらない事件の、はずだった。 いつもの、何でもない馬鹿騒ぎの延長。騒ぐだけ騒いで、無茶苦茶に暴れ まわって、そして入院の一つもすれば全て丸く治まる――そんな、少しだけ たがの外れた日常。 そうやって、また明日からはいつも通りの生活が続くはずだった。 知らなかった。 自分の暮らすすぐ横に、こんなに深い陥穽が口を開けていたなんて。 知らなかったのに。 自分は、ただ知らなかっただけなのに―― 「いや……いやあああああああああああっ!」 絶叫が、空気を切り裂く。 だが、死を告げる断罪の叫びは――それすらも飲み込んで、響き渡った。 『冥府を支えし魔神達よ、異界の闇をこの地に流し込み、大地・大気を切り 裂く闇となれっ!』 『闇破――雷神槍っ!』 ――窓から差し込む夕日が、その部屋の全てを赤く染めていた。 床を占めるのは、まるで血を吸ったかのような色合いの畳。その上に 座って、葛田玖逗夜はじっと人を待っていた。端然と佇むその姿は、外見と 相まって、まるで彫像であるかのような印象を見る者に与える。 だが、それは錯覚に過ぎない。 注意深く見れば、その頬が焦燥と不安に耐えかねて、細かく痙攣している ことに気がついただろう。 どれくらいそうしていただろうか。 部屋の外で、空気が動いた。 「篠塚です。何か用があるとのことですが――?」 「入って下さい――」 静かに答えると、音もなく障子が引き開けられた。 「失礼します」 言葉とともに、弥生の均整の取れた身体が部屋の中に入ってくる。慇懃な 言葉と裏腹に、その目はどこまでも冷たい。 会釈すらしないのは、隙を見せることを厭うがためか。 「実は、弥生さんにお願いしたいことがありまして」 「お願い――?」 小さく眉を顰めた弥生に、葛田は自分の横に置いてあった、大振りの茶箪笥 を指し示した。 「これを運びたいのですが、一人では文字通り荷が重いですから」 弥生は、答えない。 かまわず葛田は立ち上がると、茶箪笥の向こう側に立ち、弥生に背を向ける 姿勢でそれを担ぎ上げた。 「お願いできますか――?」 「……分かりました」 目を向けずとも、弥生が近づいてくるのが分かる。 その手が箪笥にかかるタイミングを注意深く見計らい――葛田は、言った。 ・・・・・ 「やー、よいしょ」 弥生のハイキックは、葛田の顔面に足首までめり込んだとゆー話である。 ――でもって、墜落を続ける『冬月』艦内。 「……おおっ!」 最初に『それ』に気がついたのは、きたみちだった。 「世界が……世界が変わっていく!?」 SS使いとしての感覚が、世界の変容を伝えてくる。 シリアスな空気が霧散し、薔薇色の気配が立ちこめる。 『鬼神楽』のBGMが止み、代わって『ドタバタでQ』が流れ出す。 そして『ベル○ルク』調のタッチが、『ふた○エッチ』……いや、それすら 越えて『マ○ス』調に変わる。 「やった、これで死なずにすむぞっ!」 歓喜に満ちた声で、きたみちが叫んだ。 ……たしかに、『マ○ス』ならどんな状況だろーがそうそう死にはしない だろーが。 「ビバ神牙っ! ビバあか○りっ!」 びみょーに間違ったことを叫ぶ美也。 なお、前者と後者、どちらがより間違ってるかは想像にお任せする。 「やったよ母さん、明日はハンバーグだっ!」 「インドネシアでは豚肉は禁止ですよドリ○ンさんっ!」 いつの間にやら蘇っていた冬月とギャラも、歓喜の声を上げた。 なお、内容が狂っているのは脳味噌を大量にこぼしたから、とゆーことで ご納得いただきたい。いや、別に『薔薇時空だから』でもかまいはしないが。 何にせよ、喜びに湧く艦内にはそんな細かいことを気にするよーな人間 は一人としていなかったわけであり、どーでもいいことなのだが。 「どこの誰かは知らないが、ギャグ時空化してくれた人ありがとうっ!」 「おめでとう私っ、おめでとう人生っ! そして全てのファシストたちに ありがとうっ!」 「これがジャッジの正義の力ですっ! 第三艦橋大破がどーしたっ!」 「どーでもよいのですが、薔薇者としてはマ○スよりエア○スターの方が 好みではございますがっ!」 「……」 もとい。 一人だけ、気にしている人間がいたりもするのだが―― 「ところで……『冬月』が大破して墜落中なのは変わりないことに、気が ついていますか?」 ――悟りきった表情で呟いた優喜の言葉は、誰の耳に届くこともなかった。 「あ、流れ星」 空を見上げるきたみち静の目の前で、その『流れ星』はどんどんと大きく なっていき―― 「ちちうえが元気でいますように、ちちうえが元気でいますように、ちち うえが元気でいますようにっ!」 ――盛大な爆音を立てて、裏山に墜落した。 少女の無垢な願いを、こっぱみじんに粉砕しながら。