Lメモ私的奇譚・なんかもー風紀動乱っぽくなくなってきました編「愛と正義の名の下に」(後編) 投稿者:ギャラ


 荒波高い玄界灘に、二つの人影があった。
 玄界灘、である。
 空は、この場に近づく生き物共の不安を表すかのように、薄暗く不吉な
色に曇っている。
 重苦しい雲の下では、荒々しい怒濤が海より突き出た岩にぶつかり、
激しい音を立てて波飛沫をあげる。
 そんな場所だ。
 その柱のように突き出た岩の上に、二人は立っているのである。両者の距離は
およそ二十メートル。二人は互いに素手のままだ。普通に考えれば攻撃の届く
距離ではない。
 だが、二人の緊張感には一筋の緩みもなかった。
 本能で悟っているのだ。互いに、相手の間合いの中に踏み込んでしまって
いると。
 二人の間で、闘志が渦を巻きながら、高く高く立ち昇っていく。
 それが臨界にまで高まった時――初めて、二人が動いた。



「初音スラッガーーーーーーッ!!!」
「なつみブーメランッッッッッ!!!」



 互いの頭部から飛来した髪の毛が、その中間点でぶつかり合って鋭い金属音
を響かせる。

 柏木初音と牧部なつみ。
 後に『史上最強のブーメラン使い』と謳われ、後世の歴史家から『神は何故
これほどの使い手たちを同じ時代に産み落としたのか』と慨嘆された二人の
天才による生涯百数十度に及ぶ戦いの、これが幕開けであった。



 ……いや、だからどーしたと言われると素敵に困るのだが。
 本編と何の関係もないし。



   Lメモ私的奇譚・なんかもー風紀動乱っぽくなくなってきました編
            「愛と正義の名の下に」(後編)



 もきゅ、もきゅ、もきゅ。
「うむ……」
 ぽり、ぽり、ぽり……ごっくん。
「うむむ……」
 ずずずずずーっ。
「……ぷはぁ」
 六畳一間の自室にて緑茶をすすって、氷上零は満足の吐息をついた。
 明日はいよいよ決戦の日。彼の崇拝する導師ハイドラントと怨敵岩下が
公園にてデートを敢行する、運命の日曜日である。もちろん氷上とて13使徒
幹部として、導師を陰ながら護衛するつもりでいる。『導師の貞操は我らで
守る!』は13使徒幹部たちの合い言葉であった――ただし、弥生さんと
神海と神凪とT-starと高橋とベネディクトと平坂は除くが。
 大半が除かれてしまってるよーな気がするのは気のせいであり、これも
それも導師の人徳に違いない。信じろ諸君。13使徒の結束は完璧なのです。
……連立与党と同程度には。
 そして、腹が減っては戦は出来ぬ。というわけで彼は、一人黙々と食事に
勤しんでいたわけである。
 体格が大きいだけあって、氷上はよく食べる。現に彼の前には、白米が
三合は入りそうなおひつが空になって転がっていた。おかずはタクアンのみ。
貧窮の極みにあるダーク13使徒経理の中にあって、参謀たる彼が贅沢を
するわけにはいかない。
 もっとも、貧窮の原因がむらさきの食費と日陰のあんみつ代にあるという
のは少々アレであったが。あと弥生さんの横領とか。
 だが氷上は気にしない。彼のハイドに対する忠誠心はそれくらいで揺らぐ
ような甘っちょろいものではないのだ。ハイドの写真さえあればご飯の三合
くらいは軽くイケる。
 もしも匂い付きの物品――使い古しのシャツとか――があれば、それだけで
飲まず食わずで三日間は活動できる自信があった。何つーか、薔薇部半歩手前
な御仁ではある。平坂・隼・夢幻・萩島と並んで『薔薇部新入候補生』に
こっそり指定されているだけのことはあった。
「ふっ……どうしたものか……」
 おひつの中にくっついていた米粒を指で取りながら、氷上は呟いた。
 貧乏人の性、などと思ってはいけない。氷上のこの行為は、そのような即物的
な理由に支配されたものではないのだ。田舎のお婆ちゃんから『お米には神様が
宿っているんだよ』と躾けられた結果なのである。
 神と言えば大神ダークに違いない。忠誠心あふれる氷上の脳味噌は、直ちに
そのような結論を導き出した。とすれば、大神ダークが宿り給うお米を粗末に
してよいはずがあろうか、いやないっ!
 というわけで氷上は米粒を一つ一つ丁寧に取って食べているのである。勿論
食べる時には88回噛む。そうしないとお百姓さんとハイドラントに悪いからで
ある。
 なんでハイドラントに対して悪いのかは詳細不明だが。
 さらに食前には大神ダークと導師ハイドへの祈りも欠かさない。一日五回は
第二茶道部の方角に向かって礼拝するし、部屋の天井には第二購買部から高値で
買った、ハイドラント等身大ポスターが貼ってある。
 まさに氷上こそは13使徒の鑑であった。
 多少歪んでるような気もしないでもないが。
 つーか、やっぱり薔薇だと思うのですがどーでしょう先生。
 いや、あかり萌えなんだが。ギャラといい氷上といい、あかりは薔薇属性
の人に好かれる素質でもあるのだろーか。『赤い人と薔薇属性』とかいう
研究論文でも書いてみたいところではある。
「……止めるべきか、止めざるべきか……それが問題だ」
 なんとなくハムレットを気取ってみたりもする。身長190センチの巨体が
芝居っ気たっぷりに悩んでいる様子はなかなか怖いものがあるが。
 その時、布団の枕元で目覚まし時計が鳴った。
『あさー、あさだぞー。朝飯喰ったら世界を浄化するぞー』
 ちなみにCV:ハイドラント。
 第二購買部と工作部の科学の力が生んだ人気商品『おしゃべりハイドくん』で
ある。現在13使徒内での普及率は約30%。風紀委員に大人気の『おしゃべり
ディルクセン』、夏に最適と評判の『おしゃべり千鶴さん』に次ぐヒット商品
であった。
 ちなみに不人気ナンバー1は『おしゃべり芹香さん』。目覚まし時計として
役に立たんと非難囂々である。それでもトリプルGとか山浦は起きられる
らしいが。結局、愛さえあれば大抵の問題はどうでもいいのかもしれない。
 それはともかく、実は氷上のコレはただの目覚まし時計ではない。
 ……と言っても、観賞用だったり保存用だったりするわけでもないが。それは
別に押し入れに保管してある。
 実はコレは、警戒装置兼用なのである。それが鳴ったということは、誰かが
氷上の部屋への侵入を試みているということ……
 氷上の手がさりげなく伸び、枕の下の拳銃を握った。気息を整え、細く長い
息を吐きながら気配を探る。
 廊下……違う。
 窓の外……でもない。
 床下……アフロの気配。とりあえず問題なし。
 天井裏……
「そこかっ!」
 左手を床につき、身体を捻って右腕を真っ直ぐ天井に突き出す。乾いた
銃声。二発叩き込んだと頭が判断するより早く、ほとんど反射だけによって
身を投げ出す。
 天井には二つの弾痕。血は流れ出ない。
 舌打ちして再射撃の構えをとり――
 みしっ。
 天井がたわんだ。
 必死に重量を支えていた天井板が、今の銃撃によって均衡を打ち砕かれ、
その寿命を終えようとしている。氷上が銃を納め、窓に向かって走る。
彼の身体が窓から転がり出るより、一瞬早く。
「――マッスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥル!!」
 推定体重140キロオーバーの貴之の巨体を支えることは、さすがに氷上
の体躯を持ってしても不可能であった。
 質量エネルギーは偉大です、ニュートン先生。



「……どうして、こんな本筋と関係ないところで行数無駄遣いしてるん
 でしょうか……?」
「さて氷上さまっ!」
 アレイのぼやきを耳がないような顔で黙殺しつつ、ギャラは元気よく叫んで
いた。意識を取り戻したばかりの氷上に指を突きつけ、空いた左手で、何故か
噛みしめたハンカチをきりきりと絞っている。
「私どもと同じあかり様萌えと見込んで貴方様にお願いがございますっ!
 是非ともお聞き届け下さいとゆーか聞いてくれないと泣きます貴方の胸でっ!」
「……胸で……?」
「ええっ、それはもう胸で、或いはむしろ胸板でっ! そのよーに逞しい
 胸板を見ていると私のささやかなリビドーが人間も獣なのだと囁きつつ朝は
 まだか朝は朝はあさはアサハッ、もう我慢できませんぞ氷上さまぁぁぁ!」
 喋っているうちに狩猟者の血が暴走したらしいギャラが、ルパンダイブを
決行して、服を脱ぎ散らかしつつ氷上の胸に飛び込む。白く宙にたなびく
越中ふんどしが美しいよーなそうでもないよーな。
「氷上さ……」
「――カカトッ!」
 その身体が氷上に届くより一瞬早く、アレイのかかと落としが脳天に炸裂
した。黒鉄の鎧のカカトが頭蓋骨にめり込み、めきょごきょっ、とヤバげな
音を立てつつ地面と激しくぶつかり合う。空手の自然石割りのトリックと
同様の原理によって、ギャラの頭が豪快にぶち割れた。
 念のために、もう二、三回踏みつけておく。いやほら、花山薫は蘇って
きたし。
 熟れきったザクロのようになったギャラの頭から足を下ろして、アレイは
面を開いて爽やかに汗を拭った。
「ふぅ……さて、氷上さん?」
「は、はいっ!」
 思わず直立不動で答える氷上。その視線が真っ赤に染まったアレイの右足
に向いているのもむべなるかな。
「お願いがあるんですけど……」
「お願い、ですか?」
 蒼白になっていた氷上の顔が、僅かに正気の色に戻る。さすがに参謀だけ
あって、こういう台詞には警戒心が働くらしい。
「そういうこと。この人がハイドラントと岩下信のデートを企んでることは
 知ってるわね?」
 ついっと横から表れた美也が、床に散らばったギャラの破片を指さして
話し始めた。
 さすがに『わたしたちが』とは言いたくないらしい。後の仕返しも怖いし、
それ以上に恥ずかしいのだろう。羞恥心が残っているよーでは薔薇部での
出世は望めないのだが。
「フフッ……聞いてはいますが、正気で言っているとは思いませんでしたよ」
「いえ、部活仲間として言わせてもらえば、この人が正気だったことは一度も
 ないけど。むしろ狂気ってゆーか病気」
 ……つくづく酷い言われようではある。人間、日頃の行いは大切にして
おいた方がいいという一例であろうか。
「……まあ、それはいいとして、その内容を聞かせてもらいましょうか?
 もちろん、導師に仇なすような行為に加担するつもりはありませんが……
 フフッ」
 薔薇部部室に拉致されたという事実を気にもしていないのか、氷上が
余裕たっぷりに笑う。
 事実、彼は十分な余裕を感じていた。アレイの行動には面食らったが、もう
冷静さは取り戻した。こうなれば、薔薇部如き大した脅威ではない。純粋な
戦闘力で見るならば、自分一人で薔薇部を悉く相手取っても対処できると
いう自負があった。
 『蛇』の一員として、数知れない修羅場をくぐってきた経験がもたらす、
絶対の自信だ。
 ……氷上零、まだまだ甘い。
 薔薇部の辞書に真っ当な戦いなどとゆー言葉があるはずもないのだが、
彼はまだそのことを知らなかった。
「それは困ったわね……わたしたちがお願いしたいのは、ハイドラントに
 盗聴器をつけることなんだけど、これは仇なすことになるのかしら?」
 美也が宛然として笑った。
「フフッ……それは協力できませんね」
「そう。なら……」
 二人の間を、目に見えない緊張が走る。
 氷上の手が、懐に呑んだ銃に伸びる。一方、美也の手は首から下げた笛に
伸びた。氷上の一瞬の隙をついて、美也が笛を高々と吹き鳴らす。
『アニキィィィィィ、もう駄目じゃああああああああああああああああっ!』
「――どんな笛ですかっ!?」
 聞いてはいけないセニョリータ。
 聞くと不幸になるぞ。主として筆者が。
 笛の響きが大気に溶け去るのとほぼ同時、どかんと音を立てて部屋の扉が
弾けるように開かれた。
「呼んだかいっ、松原くん!」
「ええ、阿部先生! 呼んだのは私ですから――お願いあっち向いて」
 テカテカとワセリン輝く貴之の肢体を正視できずに、顔を背けて美也が
言う。男性用黒ビキニの美しさを理解するには、まだまだレベルが足りない
らしい。
 その美也の態度に、貴之のハートは傷ついた。
「……。
 ……松原くん。とりあえず宿題として男性半裸体のスケッチ30枚。
 お兄さんにでも協力してもらって、今週中に提出するよーに」
 で、顧問教師の権限を使って仕返ししてみたり。
 よくよく考えると、初めてディルクセンへの報復になりそうな台詞が出て
きたような気もする。長い道のりであった。
 思いっきり必要以上に。
 『疲ーれーた自分ーを誉めてあげたいー♪』などと口ずさんでみる筆者で
ある。むしろ『壊れた自分』かもしれんが。
「……その件は後でお話しするとして、氷上くんが協力してくれないそう
 です、先生」
「何だってぇ!?」
 貴之は激昂した。
 そのついでに、今し方口にしたばかりの宿題の件も脳裏から吹き飛んで
しまう。ニワトリをも上回る、素晴らしい記憶力であった。
 ディスクキャッシュ領域が確保されていないのであろう。20ギガHDD
への換装をお勧めしたい。
「氷上くんっ! 先生に協力してくれないなんて悲しいぞっ! 先生いつも
 言ってるじゃないかっ! 学園の生徒たちは兄弟のようなものだ! その
 兄弟が困っているのに助けないなんて、そんなことじゃ先生、きみの身体を
 見ても何も感じなくなってしまうぞ!」
「感じるな馬鹿者」
 思わず素で呟いてしまう氷上。
 が、慌てて体勢を立て直すと、
「フフッ……そんな青い理想論よりも、導師への忠誠の方が私には大事なの
 ですよ」
「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
 氷上の言い草に、貴之の額に青筋が浮かぶ。
「いいだろう! そこまで言うのなら教育してやるぞ氷上くんっ!」
 怒鳴りながら、貴之が大きく踏み出した。
 いつの間に取り出したのか、その手の中で鞭やらイチジクやら蝋燭やらが
躍る。
「…………」
 どーゆー『教育』なのか一目瞭然であった。
 さすがに氷上の背筋を、冷たいものが走り落ちる。
「……その脅えた表情いいわ〜。氷上くぅん、目線こっちにちょうだーい♪」
「スケッチ取るんじゃありません、そこっ!」
「……そんな……ひどいです」
「……って、どこから湧いたんですか長谷部先輩っ!?」
 部屋の隅で忙しく筆を動かす玲子と彩に、氷上と美也の連続ツッコミが
炸裂する。まさに『湧いた』としか表現しようのない現れ方であった。
「どこからって……」
 困ったような表情で、彩の目線がふら〜っと宙を泳ぐ。それに併せて
へろへろと両手を振りながら、彩は立ち上がった。
 その動きが、唐突にぴたりと止まる。
 その目の前には、三角木馬が鎮座していた。彩の頬が、吸い寄せられる
かのように三角木馬に近づいていく。
 ぴとっ。
「……お母さんに抱かれてるみたい」
「URYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYッ!」
 美也のちゃぶ台返しが三角木馬を粉砕した。
 彩の哀しそうな――もっとも、実際に何を考えているのかは不明だが――
顔が、さらに深い悲しみに曇る。
「先輩は、おとなしく美術室でユウヤの絵でも描いていてくださいっ!
 わたしたちの邪魔はしないでっ!」
「そんな……私、邪魔なんですか……?」
「きっぱり言い切って邪魔です」
 美也が断言した。
「……そう、ですか……ううっ」
 あまりに冷たいその言葉に、彩の両眼から、大きな雫がぽろぽろとこぼれ
落ちる。
「……分かりました。さよなら……」
 そう呟いた瞬間。
 彩の身体は、くなりと崩れ落ちていた。
 くなり、である。正常な人体のなし得る動きではない。全身の筋肉が弛緩
し、骨がその硬さを失ったかのように、軟体動物の動きで床にわだかまって
いく。見る見るうちにその肉体が厚みを失い、一枚の紙に変わっていた。
 さすがに美也の表情が驚きに強張る。
「……変わり身の術!?」
「ううん、等身大のイラストよっ!」
 玲子の声が響いた。
 いつの間に入れ替わったのか、床に一枚の絵だけを残して彩の姿は消えて
いたのである。遠目どころか、間近で見ても写真と見分けがつかない。
 ――長谷部彩。
 彼女もまた、りーふ学園に来るべくして来た人間であった。なお、ここで
『人間』には『ヘンタイ』とルビを振っておいていただきたい。
 別に『奇人変人』でも構わないが。ルビにはならんか。
「……妖怪みたいな人ですね」
「妖怪の方がいくらかマシよ……」
 さすがにあのよーな相手では、びか極堂でも落とせまい。
 氷上と美也の疲れきった視線が絡み合い、互いに同情の色をその中に
認めていると、不意に氷上の身体が後ろから拘束された。
「はっはっは、先生のことを忘れてちゃいけないなぁ、氷上くん」
 氷上を抱きしめて、貴之が意味もなく爽やかに笑う。
 白い歯がきらーん。
 ワセリンもてかーん。
 ついでに手にもった蝋燭がぴかーん。
「しまったっ!」
 氷上が痛恨の呟きを漏らす。
 その姿に、今度こそ心から同情の視線を送って――美也はゆっくりと部屋
から歩み出た。氷上のまだノーマルだった時の最後の姿を、そっと心に焼き
つけておく。
 いや、13使徒に入会してる時点で普通じゃないとゆー気もするが。
「氷上先輩……お幸せに」
「そんなこと言われてもおおおおおおおおおおおっ!?」
 絶叫する氷上の目の前で、自由へと通じる扉が――ゆっくりと、だが確固
たる重さをもって、閉ざされた。
 ……合掌。



 それからおよそ一時間後。
 真っ赤なザクロと化していたギャラは、よーやく蘇ってひょっこりと
顔を起こした。
 たっぷりの血と硝煙と弾痕で満たされた部屋の中を、のんびりとした様相
で見回す。自分の隣に、蜂の巣にされた貴之の身体と、その下敷きになって
白目を向いている玲子を認めて、なんとなく納得した気分になって頷いた。
 ――まあ、そのうち蘇るだろう。ギャグ時空だし。
 氷上の姿は既にない。
 『13使徒ハイドラントFC化計画』がまた一歩遠のいたらしいことに
ささやかな失望感を味わいながら立ち上がり――ギャラは、重要なことを
思い出した。

「しまった――もう行数がないっ!?」

 後編なのに。
 本題である、岩下とハイドのデート場面にすら届いてないのに。
「……どうまとめるんですか、この話……」
 アレイの冷たい声が聞こえた。
「もう行数もありませんよ?」
 ギャラの頭脳がぶんぶんと音を立てて回転を始める。与えられた条件の中
で最善の手段を編み出すべく、脳細胞が全力で活動を開始していた。
 物語には終わりが与えられねばならない。
 だが、もう時間がない。
 この限られた時間の中で話に収拾をつけることは出来ない。
 そして、これが後編である以上、伸ばしようもない。
 ――絶望的な条件ばかりが列挙されていく。
 だが、ギャラは諦めなかった。
 そして、遂にその頭脳が答えをはじき出す。
「……劇場」
「え?」
 ぼそっと呟いたギャラの言葉を聞き取れず、アレイが問い返す。
 ギャラは勢いよく顔を上げると、何かにとりつかれているような血走った
目で一気に捲したてた。
「……劇場版……そう、この続きは劇場版にてやればよろしいかとっ!」
 とりついているのは庵○監督と断定。
 これまた、びか極堂でも手こずりそーな相手である。
「すなわち次の話は『Lメモ風紀動乱っぽいのかどーかもう分かりません編
 劇場版・AIR/孫六をきみに』となるわけで、春まで延期した挙げ句決着
 をつければ一件落着にございます!」
 偉大なる先例を作ったガイ○ックスに乾杯。
 あとセンチメンタル○ラフィティ2とか。
「…………」
 がこっ、と音を立ててアレイの顎が膝まで落ちる。
 唖然として声も出せずに佇むアレイの横で、脳天気なギャラの笑い声が
いつまでもこだましていた。
 いつまでも、いつまでも――

「……ところで、劇場版が前後編に分かれたりすることは……?」

 ……善処いたします。
 誤解を与えたことを謝罪はしても、撤回はいたしかねますが。