Lメモ:『L学名犬物語:前編』  投稿者:でぃるくせん
  その日の放課後、我々を前にして千鶴先生はかくおっしゃった。
「今日、耕一先生がうちにいらっしゃる事になっていたのだけど、さっきから姿が見
えないんです。探して、連れてきてくれないかしら?」
  んな無茶な、とは思ったが、さすがにそれは口には出来ない。相手は多少アレでも
我らが校長。その勅命に逆らう事などできようか?  否、出来ない(反語)
「あ、あの。ジン・ジャザム先輩はどうなさったんですか?  先輩の方が適任かと…
…」
  おそるおそる伺いを立てる広瀬ゆかり。しかし、千鶴先生は困ったような顔で、ふ
るふると首を横に振る。
「それがジン君ったら、放課後ずっと柳川先生と科学部に篭もりっきりで。さすがに
声を掛けられる雰囲気じゃないのよ」
  さしもの千鶴先生も、エルクゥユウヤばかりは苦手らしい。まぁ、アレを得手にす
る者など…………いや、阿部先生がいたか。
  うーん、と首を捻ったまま妙案も出せない我々に、千鶴先生は再びにこっと笑って
軽く頭を下げた。
「だから、あらためてお願いしますね。耕一先生を捕まえて、19時までにうちに連
れてきて下さい。もし出来なかった場合は…………」
  そこで、すーっと千鶴先生の眼が細められる。
  選択肢は、なかった。
「ま、任せてください千鶴先生、かならず耕一先生を探し出してきますから!!」



Lメモ『L学名犬物語』



同日  1638時、第一保健室前

「と、ゆー訳で!!  タイトルだけでわかっただろうが、警察犬XY−MEN君、G
O!」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
  そんなこんなで、耕一先生が失踪した第一保健室前には、まだ学校にいた全風紀委
員が集結していた。切り札はもちろん、この警察犬。
「オレは犬じゃない、狼だ!!」
  すでに狼化した(させられたともいう)XY−MENが涙ながらに絶叫した。
「誰も泣いてねぇっ!!」
「黙れ、お前なんぞは犬で十分だ」
  冷ややかな声音でディルクセンが断言する。もちろん、XY−MENとて黙っては
いない。顔色を変えて猛烈に食って掛かる。
「何だって?  お前こそ、自分よりえらい奴の前じゃ、へらへら尻尾振る犬じゃねぇ
か!」
「やかましい、貴様一度自分のその犬ヅラを鏡で見てから物を言え!」
「この権力の狗、狗、狗、狗!!」
「犬ころが何を抜かすか!!  所詮非常食のくせに(←?)!!!」
「誰がメンチだとぉ!!?」
「………………はい、そこまで」
  いつまでたっても終りそうにないディルクセンとXY−MENの口論を見兼ね、広
瀬が溜息交じりに割ってはいる。
「とにかく。19時までに耕一先生を捕まえて柏木邸に連行しなければ、私たちの危
機なんだから。XY−MEN君には頑張ってもらわないと」
「どっちにしても、オレが鼻で探し出すのか…………」
  XY−MEN、涙。一方のディルクセンは至極満足そうな、そして嫌味ったらしい
笑みを浮かべてふんぞり返っている。
  ディルクセンが提案した柏木耕一捜索作戦はこうだった。
  まず、遺留品などからデータ分析で捜索するグループ。これは広瀬ゆかりが指揮を
執り、とーると貞本夏樹を腹心として行動する。  
  次に、人海戦術で探すグループ。これはほとんどの一般風紀委員(指揮を執るのは
生徒指導部員)が投入される。総指揮は、ディルクセン。それの補佐に弟妹の陽平や
ら美也やらが就く。永井や鈴木といった面々も、このグループだ。
  最後に、宮内レミィとXY−MENのグループ。別名狩猟者グループ。なにがどう
なってこのネーミングなのかは、敢えて語る必要も無いだろう(笑)
「Hey,XY−MEN!  仲良くしようネ?」
  XY−MENにつけられた首輪(鋼鉄製)からつながれたロープをしっかり握りな
がら、レミィがにっこり天使の微笑みを浮かべた。しかし、その瞳に燃えるものはい
つものアレ、狩猟者独特の輝きだ。いつターゲットがこちらに移るとも知れず、彼は
やや蒼い顔でこくこくと機械的に頷いた。
  そんなXY−MENの様子も目に入らず、レミィはうっとりしたような表情で彼の
背中をなでまわす。
「ワタシ、statesでもこんな立派なHaund見た事ないヨ……」
「だから猟犬じゃないって…………」
  大体レミィはミヤウチ星人だろうに。まぁ、ひょっとするとミヤウチ星にも合衆国
があるのかもしれないが。
  とにもかくにも、何やら何時の間にかXY−MENがレミィの私有物と化した事で
問題はどことなく解決した様な気がしないでもない様に思われるかもしれない。
「解決したように見えるかぁぁっ!?」
「とにかくっ!  これ以上ここで時間を食ってたら、それこそ千鶴先生の逆鱗に触れ
るわ。さっさと捜索を開始するわよ!」
  いい加減額に青筋が浮かんできた広瀬がXY−MENを遮って宣言する。
  かくして、風紀委員会の存亡を賭けた一大捜索作戦の幕が切って落とされた。
  


  
1654時、第一保健室前

「…………作戦考え出したの、先輩なんだから。失敗した場合の責任は、生徒指導部
が取ってくれるのよね?」
「…………ほほぅ、作戦を認可しておいて、そういう事をおっしゃいますか?  異論
もなく認可した以上、事の責任は委員長に帰すものと思っていましたが?」
  そんな会話を皮切りにはじまったお馴染みの広瀬とディルクセンの口論は、全然止
まる様子を見せなかった。おかげで広瀬組もディルクセン組も、第一保健室の前から
五メートルと動いていない。
「広瀬さんっ、落ち着いて!!」
「ディルクセン先輩も…………ああもう!?」
  とーると貞本夏樹、必死に仲裁しようとするが、ヒートアップする二人はこれっぽ
っちも聞いてません。
「大体お前は甘すぎるんや!!  はみ出しよう奴は力で抑えていけばええんや、なん
のための力やねん!!」
「力で抑えれば、反発する力も増大するって事は、歴史が証明してるじゃない!」
  会話の内容も、何時の間にやら思想闘争になってるし。
  そんな訳で、人海戦術もデータからの推理も、当分開始できるような状況ではなか
った。
「あはははは、なんか早速駄目っぽいね〜」
  松原陽平、既に投げきっています。なんでそんなに明るいのか君は。
「……とりあえず、XY−MEN君に頼るしかないか」
「はぁぁ、そういう事みたいね…………」
  頑張って、きしめん君。遠い星空を見上げて、とーると貞本は祈るような思いで呟
いた。




その頃、体育館女子更衣室前

「………………」
「………………」
「………………本当に、ここなの?」
「………………俺だって、鼻で人を探すのははじめてだしなぁ」
  二人は女子更衣室前で突っ立っていた。XY−MENの嗅覚は、確かにここに至る
耕一の臭いを嗅ぎ取っていた。
  しかし。
「アノ耕一先生が、女子更衣室に隠れてるとはチョット考えられないデス」
「俺も…………あ、けど、EDGEとかM.Kとかがかくまってる可能性があるか」
  それだと回収はさらに不可能だなー、とXY−MENは顔を顰めた。大体、比較的
新しい臭いが続いているとは言え、この学園ならどこに耕一の臭いがあっても不自然
じゃないのだ。そう考えると、嗅覚で探し出すというのも相当な無理があるように思
えてくる。
「なぁ、レミィ……」
  その時だった。
「うぉっ!?」
「ぎゃぁっ!?」
「Oh,hello  YOSSY!  どうしたの?」
  バコンッ!  と言う音がして天井板がぬけ、上から何かが降ってきた。下敷きにな
ったXY−MENが情けない悲鳴を上げ、その姿を見てレミィが笑いながら声を掛け
る。
「よ、ようレミィ。ちょっと男のロマンって奴を、な」
  引きつった表情で、YOSSYが応える。幸い、レミィは『男のロマン』がいかな
るものなのか、さっぱり判っていないようだ。
「Oh,romanticism!  boyもgirlも、ロマンを持つ事は良い事
ヨ」
  そう言っておかしそうに笑うレミィにこりゃ誤魔化せるなとYOSSYが内心思っ
たその時。
「おい、よっしー。女子更衣室覗いてたんならわかるだろ?  中に耕一先生はいなか
ったか?」
「耕一先生?  女子更衣室に耕一先生がいる訳無いだろ。中にはソフト部の女の子だ
け…………はうぁっ!?」
  XY−MENの何気ない質問に、致命的な台詞を口走るYOSSY。恐る恐る背後
を振り返ると、弓に矢をつがえたレミィがにっこりと微笑みかけていた。
「YOSSY、悪い子ネ」
「いや、その…………はは、なんだ」
「千鶴先生も言ってましタ。悪い子には、お仕置きが必要デス」
「ま、待ってくれレミィ!  話せばわかるって…………!!」
  じりじりと後ずさるYOSSY。後退した分の差を詰める、レミィ。我関せずとそ
っぽを向いているXY−MEN。しかし、レミィはそんなXY−MENを見逃しはし
なかった。
「きしめん、タッグを組んで初めてのHuntingダヨ?  楽しもうネ?」
「は、はいぃぃ!!」
『逆らったら狩られるのは、間違いありませんでした』
  後に、XY−MENはこう述懐している。
「うひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっ!!?」
  全速力で逃げ出すYOSSY。しかし、レミィは楽しげな微笑みを絶やさぬままY
OSSYの背中に矢を向けて…………


  そして、YOSSYをgetするまでに、それから五本の矢と六分の時間が費やさ
れた。




1722時、第一保健室前

「大体、先輩の非常識にはいい加減辟易してたのよ!」
「誰が非常識や!!  女優業なんぞやっとお奴の常識の方が、よっぽど疑わしいやろ
が!?」
「自分の常識と世間の常識と、照らし合わせて見た事無いの!?」
「そっくりそのままその言葉、お前に返したるわ!!」
  …………まだ続いていた。




1735時、学校正門前

「結局、校外か………」
  あれから耕一の臭いが少しでもするところは探し回ってみたのだが、結局彼の姿を
見うける事は出来なかった(更衣室は、やはり一時隆雨ひづきの手引きで耕一が身を
潜めていた事が目撃者の証言で判明した)  仕方ないので臭いを古いものから順に追
っていくと、結局校門まで来てしまったのだ。
「他の連中は上手くやってるのかな?」
  未だに保健室前で喧嘩してます。
「兎も角、『兵は巧遅を疎んずるも神速を尊ぶ』、ヨ。いそご、きしめん」
「そうだな。あと一時間半も無いし…………ちっと急ぎますか」
  頷きあい、転移装置に入る。目標の大体の見当はついていた。
「隆雨が耕一先生の逃亡を手助けしてたって事は」
  XY−MENはそこで言葉を切った。レミィが腰に左手を当て、右手人差し指を自
分のこめかみにあてて推理モードに入る。そして、しばらく考えた後、
「マサトの家に耕一先生が隠れている、って事?」
「だろーな」
「Yeah!  名探偵になった気分デス」
  心底嬉しそうなレミィを目にして、とことんノリのいい奴とXY−MENは苦笑す
る。それに少し遅れてブゥンという音が響き渡り、扉が開く。
「さて、行くとすっか。で、レミィ。佐藤ん家、知ってるか?」
「I don’t know。わかりませーん!」
  何故か嬉しそうに応えるレミィに、XY−MENはげっそり疲れた顔になる。
「また、俺が嗅覚で探し出すのか」
  そんな呟きとともに。




1809時、第一保健室前

「さてそろそろ、行きますか、委員長」
「そうね、もうそろそろ、きしめん君が耕一先生の隠れ家を見つけ出してる頃だろう
し」
  そんな言葉で唐突に口喧嘩を止めた広瀬ゆかりとディルクセンを前に、それまで今
か今かと喧嘩の終わりを待ちわびていた周囲の風紀委員達はむしろ呆気に取られた表
情になった。
「え……と。終わり……なの、ゆかり?」
  何が起こっているのか全然分かっていない貞本に対し、広瀬はすっきりしたという
感じの笑みを浮かべて言う。
「うん。言いたい事は言って、大体すっきりしたしね」
「ひょっとすると、最初から捜索は全部XY−MEN君に任せるつもりだったのでは
……」
「何の事かな?  俺には良く分からんね」
  そう言って皮肉げな笑みを浮かべるディルクセンを目にして、疑問をぶつけたとー
るは疲れた様な表情を浮かべた。
「委員長、現在校内にいる風紀委員82名、いつでも行動を開始できます」
  ピッ、と背筋を伸ばし、二人が喧嘩している間に校内の捜索を指揮していた松原美
也が報告する。
「帰宅した風紀委員にも連絡はついた?」
「はい、すでに校門前に集結しているはずです」
  それに無言で頷き、広瀬は周囲に居並ぶ面々を見渡した。そして女優ならではの迫
力で、ややだらけの見え始めた風紀委員に檄を飛ばす。
「捕獲対象は最強の鬼、柏木耕一!  容易い相手じゃないわ。風紀委員会の全力を持
って当るわよ!」
『おおっ!!』
  リズエルに、風紀委員達の雄叫びが響く。まったく乗りやすい連中である。




1832時、佐藤昌斗宅

「まずいな……完全に囲まれている」
  カーテンをわずかに開け、耕一が焦りの滲んだ声で呟いた。
  佐藤家は完全に包囲されていた。彼の視線の先には、下校途中なのだろうか、立ち
止まって談笑している生徒や、犬の散歩をしているらしきレミィ(笑)の姿がある。
だが、そのどれもが千鶴の追っ手、風紀委員である事を彼は百も承知していた。
「なんか、ゲシュタポに踏み込まれた時のアンネ・フランクの心境が良く分かる気が
する…………」
  多分、四方八方数百人の風紀委員に、それこそ蟻の這い出る隙間も無いくらいに完
全に包囲されてるんだろうななどと思いつつ、耕一は乾いた笑いを漏らした。
「耕一先生、裏はまだ手薄みたい。逃げるなら今のうちと思いますよ」
  腕まくりをし、自らはここで最後まで抵抗する覚悟で隆雨ひづきが脱出を勧めた。
  もちろん、彼女にもそれが誘いである事は分かっている。だが、現実として耕一が
この佐藤家から脱出できる見込みはそこにしか残されていなかった。
「耕一先生、踏み込んでくる連中も無茶はしないと思うから、本当に脱出するなら今
のうちですよ」
  昌斗も同じく脱出を勧める。しばらく耕一は押し黙っていたが、やがて腹を決めた
ように頷いた。
「…………うん、そうさせてもらう事にするよ。けど、お前達も無茶するなよ」
「わかってま〜す、こっちには昌兄だっているから安心して」
「大丈夫、向こうの指揮を執っているのが広瀬さんなら、心配はありませんよ」
「うん、じゃ、お邪魔したな。また明日、学校で!」
  …………まるで出征する兵士を駅で見送る様な雰囲気の中。柏木耕一は暮行く街の
中に躍り出た。



「委員長!  目標が作戦通り佐藤家の裏口から脱出しました!」
「ディルクセンの追跡班、出ます!」
「各路地封鎖完了しました」
  佐藤家から一つ離れた路地におかれた風紀委員会野戦司令部。慌ただしく、最新情
報が飛び交うそこで、眠るかのように目を閉じていた広瀬がかっと目を見開いて立ち
上がる。
「美也、封鎖班を率いて佐藤家を閉鎖して。二人を出しちゃ駄目よ」
「はい、了解しました」
「出しちゃだめ、だからね。くれぐれも、突入する必要はないんだから」
  その時、身を翻しかけていた美也の眼が、鋭い光を放ったのを広瀬は見逃さなかっ
た。
「は…………それは、重々承知しています、委員長。では」
  優雅に一礼し、美也はすでに佐藤家を取り巻いた30人ほどの封鎖班の指揮を執る
ために立ち去っていく。その後ろ姿を見て、指揮に従うつもりなんか毛頭無いんでし
ょうねとため息を吐きつつ、彼女は背後を振り替える。
「夏樹、とーる君、本隊を移動するわ。各班をまとめて…………」
「準備は完了しています、いつでも行けます」
「もう先行隊は出してるから、あとはここに残ってる20人だけよ」
  とーると夏樹の答を聞き、広瀬の顔がほころんだ。
「じゃ、行きましょうか。前回のジン・ジャザムに続く風紀委員会の大捕物にね」