Lメモ:『策謀の序曲・後編』  投稿者:でぃるくせん
「馬鹿が、油断したか」
  面白くも無さそうな表情で、ディルクセンが一人ごちた。新装備の有効性
とそれに伴う新戦術のテストと、新人どもの力試し、そして訓練。確かにそ
れが主目的だが、格闘部に勝つ事が出来るなら生徒会とジャッジへのデモン
ストレーションとして最適であるはずだった。
「少々、買いかぶりすぎたのかも知れん」
  少なからず落胆したような表情で溜息を吐き、こめかみを抑える。無理に
落ち着いた風を造っているが、額に浮いた青筋が彼の激怒を示している。そ
んな訳で、取り巻き達は彼から結構距離を取って指導者の落ち着くのを待っ
ていたりした。
「あれは、指導者の器ではないな」
  その様子を目にした悠の評論は、的を得たものだろう。優れた指導者は、
喜怒哀楽、特に怒と哀をそう簡単には顔に出さないものだ。喜や楽は部下に
悪影響を与えないが、怒と哀は様々な形で悪影響をもたらす。指導者と部下
が強い信頼関係を持っている場合、感情を共有する事によってむしろ良い結
果がもたらされる事もあるが(某坊ちゃんだからさの国葬イベントとか)、
それも時と場合に左右される事だ。
「…………ふむ、そうなのか?」
「…………」
  相変わらずたれっぱなしのハイドラント。やはり張り合いが無い物を感じ
て、悠は再び黙り込んだ。先ほどから暇つぶしになんどか会話を投げかけて
いるのだが、全くボールが帰ってこない。暇つぶしなのだから別にいつもの
ような魔法攻撃でもいいと挑発的な言葉を投げかけてもみるのだが、やっぱ
り反応が帰ってこない。こうなるとどこか悔しくなって、しつこくボールを
投げかけているという次第である。
  風紀委員の本陣に切り込んでの綾香の大立ち回りを眺めながら、もうそろ
そろこの騒ぎも終るし、いい加減諦めるかと悠がぼんやり思ったとき。
「まあ、奴の適役は道化だろうな……」
  聞こえるか聞こえないかの呟きが、ハイドラントの口から漏れた。
「なんだと?」
  不意の呟きだったため聞き逃し、悠が怪訝そうに問いただす。だが、ハイ
ドラントは薄い笑いを浮かべて「何でもない、独り言だ」と言うばかりで、
先ほどの言葉を再び口にしようとはしない。やむなく悠は聞き出すのをあき
らめて、視線を再び綾香に戻した。
  そして、わずかに残った疑念もすぐに忘れ去った。




  指揮官が倒れた瞬間、それぞれのフォーメーション同士の連携が突然乱れ
た。
  いや、連携がなくなった。
「おっ!?」
  唐突に包囲していた敵が混乱した様子を見て、一瞬YOSSYにも躊躇が
生まれた。誘いではないか、という疑問が生まれたのだ。そんなYOSSY
の耳元でティーが囁いた。
「どうやら、佐藤さんが風紀委員の指揮官と相打ちになったみたいです。そ
のせいで、統率に一時的な混乱が生まれているみたいですね」
「そうか、昌斗が…………昌斗、お前の犠牲は無駄にはしないぞ」
  勝手に殺すなという昌斗の声が聞こえてきそうな呟きを口にして、ティー
と顔を見合わせて頷く。今のうちに強行突破するのが一番だろう。
「よいしょっ、と」
  ティーを背中に背負い、YOSSYは前方を見据えた。そして、
「どいたどいたどいたどいた!!」 
「はい、ちょっと失礼しますね」
  混乱し、包囲網を崩した風紀委員陣営を一気に駆け抜ける。
「あっ、貴様!」
「通すな、防げ!」
  などと叫びながらフォーメーションが一つ彼らの進路を遮ろうとしたが、
自動車並みのスピードで駆け抜ける彼らにわずかに間に合わない。YOSS
Y達は一気に包囲網を突き破り、敵本陣の前まで躍り出た(来夢とディアル
トは置き去りである)
「綾香、坂下、助太刀…………って、あれ?」
「おや、もうほとんど終わりみたいですね」
  勢い込んで辺りを見渡したYOSSYは思い切り肩透かしを食らった。な
ぜなら、綾香と坂下の前に風紀委員はあと二人を残すのみとなっていたのだ
から。
「あ、よっしー。遅かったじゃない」
「遅かったじゃないって…………」
「そんなに遅れてはいないはずなんですけどね」
  周囲に累々と横たわる十人の風紀委員を見渡して、YOSSYとティーは
苦笑するほかなかった。その全てがうめき声一つ上げることなく、完全に気
を失っている。
  綾香と坂下が風紀委員の連携戦術に対抗するために取った手段は、極めて
単純だった。
  連携をもってしても対応できないほどの素早い一撃で、確実に仕留める。
  言葉にすれば簡単だが、ボディーアーマー着用している敵を相手に一撃必
殺を成し遂げるのは、本来至難の技だろう。それも、ほとんど一心同体に近
い相手の連携を、反応さえさせないほどの速度で撃ち込むのだ。
「こいつら……本当に女か、って言うより人間か?」
  まだ残っている風紀委員の片割れが、畏怖を込めてうめいたのも無理のな
いところだろう。
「それは、俺も今までしみじみ感じて…………ぎゃぁぁ!?」
  いらん事を口にしたYOSSYを、坂下の無言の鉄拳が襲った。YOSS
Y、無関係なところで轟沈。ティーが憐れみの表情で見ています。
「…………えーと、あのー?」
「あ、気にしないで。いいから、始めましょうか?」
  話の展開に付いていけず、非常に間抜けな表情になった総指揮官の風紀委
員(女性)に対し、綾香が疲れたような表情で言う。指揮官はすぐには立ち
直れず、「はぁ」と間抜けな返事を返し、それから慌てて表情を引き締めた。
「おい、お前がそんな状況だとせっかく戻った全体の統率が乱れるだろうが」
「わかってるわよ!  …………ふっ、余裕ね、格闘部。けど、あなた達が置
き去りにした二人組、酷い事になってるわよ?」
「あ、そうかディアルト君と夢幻君が」
「そういうや忘れてたな……って、げっ」
  ティーと素早く復活したYOSSYが背後を振り返ると、振り切ってきた
はずの風紀委員が早くも背後に迫っていた。理由は簡単。四対二十で戦って
いたものが、唐突に二対二十に変化すると、一人が相手をしなければならな
い人数比はどうなるか?
「……置き去りにしていくときは一言ぐらい、声掛けていってくださいね…
…」
「……ほんま、洒落なっとらへんで…………」
  タコ殴りにされたディアルトと来夢の姿が哀愁を誘う。それでも最後の奮
戦で五人の風紀委員を道連れにしたのは格闘家の矜持だろう。とりあえずそ
ちらからはつつーっとさりげなく視線を外しておいて、
「あんた達……」
  冷たい目の綾香と坂下と視線がかち合ったので、さらに視線を横にスライ
ド。勝ち誇った表情の指揮官を怒りの視線(紛れも無い責任転嫁)で睨みす
える…………が、相手が女性だったのですぐに表情を穏やかなものに変えて、
流し目なんか送ってみたりした。
「…………YOSSY君?」
「はっ!?」
  最後にティーからの冷たい突っ込みが入る。なんだかギャグになりつつあ
るが、今度は指揮官が呆気に取られるような事はなかった。薄く冷笑を浮か
べ、すっと片割れの背後に隠れるような位置に移動する。
  それが、合図だった。
  なんだかんだ言いつつ、すでに二十数人にまで撃ち減らされた風紀委員が
一斉に襲い掛かる。
  が、十人の風紀委員をあっというまに打ち倒した綾香と坂下に加え、ティ
ーとYOSSYまで加わった格闘部の優勢が揺らぐはずはない…………はず
だった。
「せぇやぁぁぁっ!!」
  気合とともに、一人の風紀委員が一メートル強の金属棒を突き出した。こ
れもスタンバトンなのだろう、坂下は体を後ろに引き、余裕を持ってこれを
躱す。躱し切った、はずだった。
「えっ!?」
  シュカン!  という奇妙な音がして、棒の先端が三十センチほども『伸び
た』。予想外のギミックに、思わず坂下はこれを手で払ってしまう。スタン
バトンだと言う事を思い出したのは、強烈な電撃が全身を襲ってからの事だ
った。
「くっ、油断した…………」
「坂下!」
「好恵!?」
「ええいっ、こいつもしぶとい!」
  一撃を受けてもなお倒れない坂下にさらに数撃が加えられ、ようやく坂下
は地に倒れ伏す。
  だが、三人はそれを気にかけている余裕を与えられない。YOSSYとテ
ィーには四人づつ、そして綾香を残り十四人の風紀委員が取り囲む。綾香を
先に全力で片づけて、それから後の二人をという意図が明白な布陣だった。
現に二人を包囲した風紀委員は、牽制攻撃しか掛けていない。包囲網をじり
じり狭めながら、指揮官が笑う。
「ふふ、初めての『狩り』の訓練としては上々だったわ。ハイエナでもやる
ものでしょ?」
「あなたねー、いくら群れでの『狩り』だからって、自分の事ハイエナとか
言う、普通?  狼とかいうもんでしょ」
  一気に指揮官を狙う隙を伺いながら、綾香が減らず口を叩いた。だが、目
前の男−−−最初から指揮官の傍らにいた男−−−にはまるで隙が無い。と
てもではないが、ただの一般生徒とは思えなかった。
「だって、狼って言ったらXY−MEN君でしょ、風紀委員会じゃ。それじ
ゃ兄さんが嫌がるのよね」
「だからってハイエナ?  もうちょっと捻らないの?」
  さすがに統制された十四人を一斉に相手取るのは辛いかな?  模擬戦なん
だから別に負けてもいいか、などという思考が浮かばないのは、負けず嫌い
の彼女らしいところだった。
  だが、勝機はなかなか見えない。
(さすがに魔法は御法度だしね…………)
  徐々に包囲を狭めてくる風紀委員を見回しながら、綾香は口の中でつぶや
く。
「あなたたちに勝てば、新しく生まれ変わる生徒指導部は、確実に一般生徒
達の支持を得る事が出来る。一般生徒でも、SS使いやエクストリーム選手
権チャンピオンのあなた達に対抗できるんだって希望とともにね」
  悪役は前口上が長いという御多分にもれず、指揮官は冷笑を浮かべながら
述べ立てた。
「わたしたちは、一般生徒の救済者なの。新しい秩序を学園にもたらし、平」
「なんだ!」
「しまった、突破された!!」
  とうとうと語っていた口上を部下達の無粋な叫びに遮られて、途端に指揮
官が不快そうな表情になる。しかし、叱咤を口にするような事はない。かわ
りに念波で指示を飛ばしているのだろうが、それを知らなければ事態に動ぜ
ぬ不気味な将と余人の目には映るのだろう。
  事態は単純なものだった。YOSSYとティー二人の足止めに向かった八
人の風紀委員を強靭な耐久力と精神力を誇るティーが一人で相手取り、その
間に驚異的な機動力を誇るYOSSYが一気に綾香包囲網の後背に回り込ん
だのだ。
  無論、YOSSYの行動が陽動だとは指揮官にも分かっている。だからと
言って、これに戦力を割かない訳にはいかない。無視したまま背後から襲い
掛かられれば、戦力を割いたときより悪い結果が待っている。一瞬、彼女に
躊躇が生まれた。
  指揮官の動揺は部隊全体に伝わる。それが、ほとんど精神感応に近い状態
ならば尚の事だ。綾香を包囲し、じりじりと輪を狭めていた風紀委員の動き
に乱れが生じる。その隙を、彼女が見逃す道理はなかった。
「ちぃっ、馬鹿が、狼狽しやがって!」
  その動きにもっとも速く反応したのは、指揮官をガードするように動いて
いた男。さながら忍びのような俊敏さで地を蹴り、綾香に向かって襲い掛か
る。
「まさか、『草』!?」
  他の有象無象とは明らかに異なり、高度な戦闘力を見せる男に綾香は相手
の正体を悟った。そういえば、この顔は見た事がある。確か永井とかいう同
じクラスの男だ。一見して不良少年といった目付きと言動で、すっかり風紀
委員と言う事を忘れていたが。
  その永井は全く無言で、目だけをぎらつかせて攻撃を続ける。一撃、二撃
とスタンバトンが風を切って綾香の髪を掠め、その一部を炭化させる。牽制
のワンツーを受け流し、ローキックを放って綾香をわずかに後退させ、踏み
込んでスタンバトンによる連続攻撃。周囲を取り囲んだ風紀委員が介入する
事もできないほどの応酬が、二人の間で繰り広げられた。
  だが、そこまでだ。二人の戦いを目前にしながら、指揮官は小さく舌打ち
した。二人の間には、歴然とした実力差があった。たとえ武術の修練を積ん
でいない者からしても、表情を見ればわかることだ。永井の表情には遊びの
要素が全くない。それどころか、焦りすら見て取れる。それに対し、綾香の
表情にはこの応酬を楽しんでいる様子が見て取れた。まだ本気を出していな
いというのか。
  これでは、勝てない。指揮官は歯噛みする。
(だが。いま、来栖川に全戦力にぶつければ、彼女を確実に潰せる)
  YOSSYには四人の風紀委員をぶつけてある。自分の周りに三人。綾香
を取り囲んでいるのが七人。自分の護衛はこの分ならいらないだろう。いく
ら来栖川綾香が化け物じみた強さを誇っているとはいえ、十人の敵を新たに
後背から受けては一たまりもあるまい。
  そう判断すれば彼女の動きは速い。即座に動けるすべての風紀委員に指示
を飛ばし、綾香目掛けて殺到させた。その時、ディルクセンが舌打ちして顔
を背けた事を、彼女は知らない。
  簡単に言うと、彼女はYOSSYの機動力を甘く見ていた。一度足止めに
来た風紀委員を軽く引き離し、そこからさらに直接彼女を狙ってくるなど思
いもしなかったのだ。
「はい、王手だ。これで終わりだな」
  だから、人好きのする笑みを浮かべてYOSSYがスタンバトンを首筋に
突きつけた時、彼女は呆然とするしかなかった。
「ったく、多少頭が切れるからって、素人を指揮官になんか立てるからこう
なんだよ」
  綾香に振り下ろそうとしたスタンバトンを中空で止めたまま、永井はつま
らなそうに呟いた。そして、内心安堵の溜息を漏らす。彼の鳩尾に、綾香の
拳が打ち込まれる寸前であったのは、二人の体が影になって誰にも気づかれ
ない事だった。
「ふふん、強がり言うわね〜」
「抜かせ!」
  すっと背後に退き、綾香の軽口にプライドを傷つけられた怒りで顔を紅潮
させる。風紀委員幹部であり、『草』暗殺部隊隊長である永井に来栖川綾香
への殺意が生まれた瞬間だった。




「訓練次第で地力自体が向上すれば、まだまだ使えるようになるな」
「ああ、そうだね。それが我々にとってマイナスになるのは悲しい限りだが」
  セリスと岩下の目には警戒感が浮かんでいた。正直なところ、同じく学校
の平和を守るはずの組織が露骨な敵意を自分達に向け、着々と力をつけてい
くというのは面白い話ではない。
  それは広瀬にとっても同じ事だ。彼女はその風紀委員会の中で、ディルク
センら先鋭的なタカ派と対立関係にある。その連中主導で一連の武装強化が
行われる事が、彼女にとってプラスに働くはずが無かった。
「そういえば、永井君はともかくとして、あの指揮官二人組は見ない顔ね。
あれが先輩子飼いの新人かしら?」
  ことさらに話題を変える。話していて面白くない話題は、しなければいい。
少なくとも今話してどうこうなる問題でもないのだから。強引に話題を変え
た広瀬に苦笑して、ジャッジの二人はさあ、と首を横に振る。
  あらたな質問に対する答えは、以外にも背後から帰ってきた。
「紹介しようか?  俺の弟妹の陽平と美也だよ。転校させたのさ」
『はぁ?』
  いつのまにか背後に立っていたディルクセンのあまりに意外な言葉に、三
人は思わず絶句してディルクセンの顔を見返すしかなかった。




「そんな訳で、あらためて始めまして」
「とても楽しかったよ、あと何回かしらないけど、よろしくお願いしますね」
  関係者一同を集めた前で、ディルクセンの弟妹という二人組がぺこりと丁
寧に頭を下げた。一同も「はぁ、どうも」とつられて頭を下げかえす。
「なんや、あの先輩兄弟なんかおったんやな」
「なんでもわざわざ転校させたとか言ってたけど」
「なんでまたそんな事を?」
  来夢、昌斗、ディアルトの間で、ぼそぼそとそんな会話が小声で交わされ
る。紹介された二人のうち、二年生だという妹の方は兄に似て険の強い、吊
り目勝ちの顔立ちだったが、一年生の弟の方はおっとりして人懐っこそうな人
物だった。
「まぁ、これからいろいろあると思うが、仲良くしてやってくれ」
  視線を主に問題児一同に巡らせながら、一言一言区切るように言う。やっ
ぱり俺ら対策かい、と思いつつも、問題児一同を含めた面々はとりあえず笑
って頷いておいた。しかし、それだけのために自分の弟妹まで転校させると
は、かなりいい根性をしている兄貴である。
「兄さんから話は聞いて、面白い学校だとは思ってたからね〜」
  妹の方が鋭い眼差しでYOSSYを見据えながら、妹の方が口の端を笑う
かたちに歪めた。いかにも、さっきの屈辱は忘れないといわんばかりだ。
「あ〜あ、そういう表情さえしなければ、そこそこ美人なんだけどな」
  肩を竦め、残念そうな口振りでYOSSYは呟いた。もちろん、正面の彼
女に聞こえる程度の呟きである。ちらりと彼女の表情を見たが、その表情に
は変化が見られない。
  ふぅ、と溜息をついて視線を横に巡らすと、昌斗とディルクセンの白い目
にぶつかった。女なら誰でもいいのかと言わんばかりの視線に、ひきつった
笑みを見せて硬直する。
「けど、なかなか面白かったわよ。やるもんじゃない、風紀委員会も」
「来栖川さんにそういってもらえると、嬉しいわね。わたしとしても、これ
だけやれるとは思ってなかったんだけど」
  幕間劇のかたわら、顔を合わせるのは広瀬ゆかりと来栖川綾香、坂下好恵
の三人だった。
「それにしても、新装備とやらが大体どんなものか、さわりぐらいは教えて
くれてもよかったんじゃないの?」
  まだややしびれの残る体をさすりながら、坂下がため息交じりに言う。
「ごめんなさいね、坂下さん。発案者が秘密主義な人でね」
  広瀬の視線を坂下が追った先に、ディルクセンの姿がある。あの偏執狂が
発案者じゃしかたないか、と坂下は妙に納得できた。
「まぁ、これはこれで楽しかったから構わないけど」
  何気なくつぶやいた坂下の言葉に、傍らの綾香が珍しいものを見るような
表情になった。それから悪戯を思いついた子どものような笑みを浮かべ、坂
下の前に回り込む。
「あら、好恵がそんなこというなんてね。てっきり『武道の精神が』とか言
って目くじら立てるんじゃないかと思ってたんだけど」
  効果はてき面だった。坂下はとたんに顔を真っ赤に紅潮させ、綾香に向か
って上ずった声で反論する。
「なっ、わたしだってそんなに頭が固くはないわよ!  そ、それに風紀委員
会からの要請だから、仕方なくやってるだけ………!!」
「あらー?  それじゃさっきの言葉と矛盾してるんじゃない?」
「う、うるさいわね!」
  ぶんっ、と唸りを上げて坂下の腕が水平に空を切る。その一撃を身を沈め
て躱し、綾香がにやにやしながら坂下の顔を覗き込んだ。
「……危ないわねー、わたしじゃないとよけられないわよ、今のは」
「…………ふんっ!」
  どことなく嬉しそうな表情の綾香に対し、坂下はさらに顔を赤くしてそっ
ぽを向いた。
「綾香さん、好恵さん!  どうかしたんですか!?」
  ティーに付き添われて戻ってきた葵が、二人の様子を見て慌てた声を上げ
た。いつものじゃれあいである事は彼女にもわかっているのだが、無視はで
きない損な性分らしい。
  そんな葵の様子に苦笑して、ディアルトは一言だけ口にした。
「綾香さんは、坂下さんが変わってきていることだ嬉しいんですよ」
「えっ?」
  訳の分からないといった表情の葵。一方綾香はにこっと笑って、そっぽを
向いたままの坂下の方へと視線を巡らした。そして、からかうような口調で
言う。
「そうね、そのあたりはbeakerに感謝しないと」
「ちょ、ちょっと何言ってるのよ、二人とも!!」
「えっ?  どういうことなんですか?」
  それは、いつもの格闘部の風景。そんな彼らの下に、野次馬に混ざってい
た悠がやってくる。
「お疲れ様だな、綾香」
「あっ、ゆーさく。ハイドもいっしょじゃなかったの?」
  その綾香の反応に、悠は肩を竦めてみせた。
「さっきまでパイプ椅子にたれていたんだがな。模擬戦の決着がついたとき
に、ジュースを買いに行ってまだ戻ってこない」
「ふーん。ま、いいわ。どうせもう少ししたら帰ってくるだろうし」
  そう言って綾香は大きく伸びをする。そして遠くに何かを運んでくるセバ
スチャンの姿を認め、周囲の連中に呼びかけた。
「みんな、セバスがお茶を持ってきてくれたからお茶にしない?  セバスの
煎れてくれたお茶って、あれでなかなか美味しいのよ」




  そこは校舎の一角。グランドを見渡すことのできる一階で、ハイドラント
はグランドを眺めていた。視線をグランドから話さず、しかしごく自然に誰
かに話し掛ける。
「葛田。そこにいるな?」
「…はい、導師…」
  廊下の天井のパネルがわずかにずれ、そこから葛田の顔が覗く。それを確
認し、ハイドラントが言葉を続ける。
「……この暑いのに相変わらずなんで中二階にいるのかは知らんが、まぁい
い。先ほどの、見ていたな?」
「…はい、導師…それで、どうなさるので…?」
「ああ、使えるとは思わんか?」
  ハイドラントはニヤリと笑った。師の言わんとするところを察し、葛田も
同様の笑みを浮かべる。
「…はい…適度な混乱を生み、ジャッジや風紀委員会を牽制するには最適か
と…」
「それだけでは片手落ちだな。……あれをけしかけて、広瀬を除かせる」
  しかし、ハイドラントの策は葛田のはるか先を行っていた。一瞬驚きの表
情を浮かべ、そして納得したように深く肯く。その瞳には純粋な尊敬の念が
浮かんでいた。
「…さすがは導師、そこまでは考えがいたりませんでした…では…私はどう
動くべきでしょう…?」
「葛田。お前の役目は……」
  ハイドラントはそこで言葉を止めた。誰かが近づいてくる気配を察し、葛
田もまた天井裏から気配を消す。
「おかしいな、確かにハイドラントはこちらに行ったと思ったんだけど」
「あるいは……感づかれたかな?」
  やがて、廊下の角を曲がって岩下とセリスの二人が姿を現した頃には、ハ
イドラントの姿もすでにそこに無かった。


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作「はっはっはっはっは、生徒指導部の危険性とその辺の陰謀劇を書くつも
り  が、なぜか格闘部が主人公のようになっちゃったからお立ち会い(汗)」
ディル「なにがお立ち会いか…………  呆れてものも言えんぞ」
作「いや、何でなんだろうかねぇ、やはり君が基本的に主人公向きじゃない
  からなんだろうね、そうに違いない、うん」
ディル「おまえがそう作ったからだろうが……  そうだ、それに俺の弟妹。
  あれはどういう事なんだ」
作「いや、SS使いなしでもそれなりに動く組織というのを見せたくって。
  最初は一般生徒に適当な名前つけようと思ってたんだけど、それだったら
  いっそのこと兄弟にしてしまえ〜、って(笑)」
ディル「適当な…………」
作「まぁ、そゆ事。色々動かすけどね」
ディル「さいで。生暖かい視線で見守っておいてやるから、頑張れ」
作「視線が、そこはかとなく冷たいような?  まぁいいけど」  
ディル「気楽な奴…………」
作「うぃ。じゃぁ次に取り掛かりますか」
ディル「頑張れ、マジで。でわ〜」