Lメモ:『風紀委員会、動乱』  投稿者:でぃるくせん
「いかなる時代を問わず、この世のほとんどを占めるのは、力を持たない弱く、愚か
な大衆だ」
  幼い頃から、俺と父が向き合えば、必ず父の口を衝いて出るのがこの言葉だった。
「だから、強力な指導者が、弱く愚かな大衆を守ってやらなければならない。例え、
それが強引な、多少の犠牲を伴う手段であったとしても」
  警察高官としての強いエリート意識と、それに裏打ちされた強烈な義務感…………
そんな父を純粋に尊敬し、目標として俺は育ってきた。


「全体主義は、必ずしも悪ではない」
  かつて祖父はそう呟いた。
「絶対王政、共和主義、議会主義、国家主義、そして全体主義。そのどれも、手段で
あってそれ自体が目的ではない。愚かな連中は勘違いしているがな。最大多数の国民
を飢えさせない事。安全を提供する事。その目的を完遂するための手段が、政治形態
なんだ」
  そこで一度、言葉を区切る。視線が俺から外れ、過去のより良き時代を懐かしむか
のように、俺の背後の写真−−−わかかりし頃の祖父の写真−−−へと向けられた。
祖父にとっての古き良き時代…………特別高等警察が存在した、大日本帝国最盛期。
白と黒しかない写真の世界の中で、特高であった祖父は誇らしげに胸を張っていた。
「重要なのは、個人ではない。全体だ。全体が無ければ個人も無い。人間は一人では
生きていけないのだから。それを踏まえた上でなければ、共和主義も民主主義も議会
主義も、政治形態を論ずる事など無益な事だ」
  その言葉に、全く異論はなかった。より多くの人が幸せに暮らすためには、まず全
体の秩序が保たれていなければならない。そのためには、個々人がそれぞれおのれの
我を抑え、調和を旨として生活しなければならない。大衆は愚かですぐそれを忘れる
から、安定した状況を維持するには力が必要だ。それが、権力。


そう、教えられてきた。そして、それを信じた。年齢を重ねるに連れ、歴史を学ぶに
連れそれに対する確信を深めた。だから…………


……………………だから、俺は力を求めた。



Lメモ:『風紀委員会、動乱』




「なんでなんです!  現在校内の風紀は明らかに低下の一方にある!  それに対抗す
るのにこの程度の権限強化は認められてしかるべきでしょう!」
「どこがこの程度なのよ!  あなたが言ってる事は、風紀委委員会による独裁よ!?」
「独裁?  この程度で独裁などとは…………  大体、独裁で校内の安全が確保される
なら、それは安い代償やないんか!?」
「無茶苦茶言わないで!  それに、こんな権限強化案、仮にここで通ったって、生徒
会が承認する訳無いじゃない!!」
  それは、風紀委員会でのいつもの口論。しかし、興奮したディルクセンは、思わず
普段なら絶対口にしないような言葉を口走った。
  それはあまりに危険な一言。
「そんな軟弱な生徒会なんやったら…………打倒してまえばええやろうが!!」
  一瞬、時が凍り付いた。その沈黙の意味に、興奮した彼は気が付かない。ただ、広
瀬を睨み付けるばかりだ。周囲も二人のいつも以上に激しい対立に気圧されたか、誰
も言葉を発する事が出来ない。
  しかし、その重苦しい沈黙もたった一瞬の事。
「なっ…………ディルクセン先輩!?」
  最初に血相を変えて腰を浮かせたのはとーるだった。ついで、貞本夏樹が広瀬ゆか
りを護るように、無言のうちに広瀬の隣に移動する。彼女にしたがって広瀬をガード
する様に動いたのが、おそらく風紀委員会内部の"草"のメンバーなのだろう。ディル
クセンは血走った目でその連中の顔を脳裏に刻み込む。
  純粋な、そして強烈な憎しみに彩られた視線。その視線の中心にすえられた貞本は
一瞬、強い恐怖に縛られた。本能的に懐の手裏剣に手を伸ばしかけ、広瀬に腕をつか
まれてはっと我に帰る。
  そしてそれから、会議室内はすさまじい紛糾を見せた。
「せ、先輩、なんてことを!!」
「そうだ、生徒会の意見なんか必要ない!」
「ちょっ…………それはまずいぞ、ディルクセン!」
「我々風紀委員会は、独自の道を歩むべきだ!」
「何を言う!  風紀委員会だって、生徒会の一部なんだぞ!  それを……!!」
「腰抜けは黙っていろ!  現状を収拾できない生徒会など、なにを恐れる必要がある
んだ!」
「静かに!  静粛に!!」
  貞本が必死に叫ぶが、すでに事態は収拾不可能な域に達していた。却ってディルク
センの同調者から「黙れ、広瀬の犬!」という罵声を浴びせ掛けられ、感情的になっ
て口論の渦に巻き込まれていく。広瀬は無言のまま、同じく無言のディルクセンと睨
み合いを続けるばかり。とーるは瞑目して沈黙を守り、レミィは訳が分からないとい
った状態できょろきょろしている。その周囲ではディルクセンに代表されるタカ派(
その中核を為すのは、彼と同じく旧生徒指導部員である)と広瀬に従う現体制派が口
々に怒鳴りあい、事態の急転についていけない中間派(最多数派である)がただただ
呆然としている(ちなみに、特別風紀委員であるXY−MENは、会議自体に参加し
ていない)
  誰も予期せぬ、そして意図せぬ偶発的な事態だった。
  …………それでいて、必然的な事態だった。
  生徒指導部が解体され、月島政権が崩壊したまでは、多くの風紀委員にとって歓迎
すべき事だった。だが、それから後、風紀委員は権限を一気に弱体化され、それでい
て、為すべき事は少なくない。リスクも高い。当初現体制を支持したものの、次第に
不満が募る。
  人が社会的な不安と不満に包まれたとき。人々は数種類の選択肢を持つ。そのうち
の典型例が、強力な指導者を待望するか、あるいは自身が強力な指導者になろうとす
るか。心理学者ユングが言うところの『ヴォータン(オーディン)原型』である。
「…………生徒会に何の権限があんねん?」
  混乱が収まらないまましばらくして。血走った目付きのまま、ディルクセンが聞く
者を凍り付かせるほど冷たい声を絞り出した。周囲の関心が、彼と広瀬に集中する。
急速に静まっていく会議室の中、彼の冷たく固い声だけが響いた。
「校内の治安状況を改善できへん。副会長にしてからが、『オロチの血』とやらで暴
走しよる。挙げ句の果てに、生徒会長は不在ときとう。そんな生徒会に、なんの権限
があると言うんや?」
  そうだ、そのとおり!  という叫びが上がる。そして、それを制する声も。それら
の声を背に、ディルクセンの演説は続く。
「否!  断じて、否!  そんな生徒会なんぞに、なんの権限もあらへん。例えそれが
校則に則って生まれたもんやとしても、そんなんは俺は認めへん。ジャッジも、校内
巡回班も、エルクゥ同盟も認めへん!  法を司るのは俺らだけで十分や!  もしそれ
が法に沿っているというんやったら、それは法が間違っとんねや!!」
  そこまで言って、彼は口を閉ざした。腰を下ろす。周囲からは称賛と、そして野次
がひっきりなしに飛ぶ。
  険悪な、一触即発というのが相応しい雰囲気。やがて、背後の両者の声は再び非難
と中傷に満ちたものに変わりはじめた。
  その時、ガタンと大きな音を立ててディルクセンが立ち上がった。怒鳴りあってい
た面々も一斉に口を噤み、彼の次の挙動に注目する。ディルクセンはしばらく広瀬と
にらみ合い、やがて視線を逸らせて口を開く。言いたい事を言ってやや興奮が冷めた
のか、その言葉からは神戸弁が消えていた。しかし、普段の敬語は戻らぬままだ。
「この件に関して、これ以上議論するのは無益だな。悪いが、俺はここで帰らせても
らう」
  そう言い残すと、彼は足許の鞄を取って足音も荒く会議室から出て行く。それに、
少なからぬ数の風紀委員が続いた。五分の一ほども風紀委員が消え、会議室内は急速
に静寂に包まれる。まさか、タカ派がこれほど勢力を浸透させているとは。
  …………それは、広瀬の手法に対する一番わかりやすい反対だった。
「ダムが決壊するって…………こんな感じなのかもしれないわね………」
  タカ派風紀委員達が出ていった会議室の出入り口を沈痛な視線で眺めて、ゆかりは
ぽつりとそう呟いた。




「…………そんな事があったのか」
  藍原瑞穂の入れてくれたお茶を啜りながら、岩下信が頷いた。
  ここは生徒会室。机を囲むのは、岩下と藍原、広瀬、貞本、とーるの五人。いずれ
も先ほど広瀬が口にした今日の風紀委員会の顛末に、一様に重苦しい表情だ。
  有り体に言って、今日のディルクセンの発言は反乱宣言に近いものだった。多分に
感情的な発言であるとは言え、そこに辿りつく過程で少なからぬ叛意が彼の中に生ま
れていると考えていいだろう。
  そしてそれは、彼に共鳴する風紀委員や一般生徒の叛意の顕れも意味していた。
「ディルクセン先輩は…………確かに極論の多い方ですが、滅多な事であんなことを
口に出す方ではありません。それを考えれば……」
「このままの状況が続くなら、近い将来反乱を起こす事も有り得る。そういう腹がす
でに出来ているという事でしょうね…………」
  苦い表情のとーるの言葉を、同じく苦い表情の貞本が受け継ぐ。風紀委員会の中間
派の中にはどちらかと言えばディルクセンに共鳴する者も少なくない。一般生徒に至
っては、どれほどの数が対SS使い強硬論者であるディルクセンに荷担するのか、想
像もつかない。
「厄介ごとは、暗躍生徒会とダーク13使徒とその他もろもろでたくさんなんだが…
…」
  獅子身中の虫。そんな言葉が岩下の脳中を過ぎる。生徒会が自由に使える最大戦力
である風紀委員会がこの様な形で内紛に陥れば、それは暗躍生徒会やダーク13使徒
を利するだけの話だ。それだけは、避けなくてはならない。
「ですが、その点に関してはディルクセン先輩も考慮されていると思います。ですか
ら、すぐどうなるというものではないかと思われますが」
「私も、そう思います。動くとすればそれらの敵対勢力の力を削ぎ落とした後でしょ
う」
  とーるの意見に藍原が賛意を表す。敵対勢力の力を削ぎ落とすと言う事は、風紀委
員会なりジャッジなりエルクゥ同盟なりが、強攻策に出るという事だ。そうなれば、
ディルクセンらの不満の原因自体が大幅に解消される。風紀委員会の反乱は杞憂に終
るのではないか?
  だが、岩下は暗い表情のままだ。貞本の表情も、やはり暗い。しかし、二人ともは
っきりと懸念を口にはしない。
「甘いわね」
「甘い……ですか?」
  とーるの推論を否定したのは広瀬だった。とーるが傍らの彼女へ向き直り、軽く首
を傾げる。とーるの知る限り、ディルクセンと言う男は何より秩序を優先させ、その
ためなら自分を殺す事の出来る男だった。だからこそ、ダーク13使徒や暗躍生徒会
と言った現行秩序に敵対的な勢力の勢いが強い時期に、なんらかのアクションを起こ
すとは思えない。とーるの合理的な思考回路はそう結論づけている。
  だが、広瀬はとーるの結論を言下に否定した。いつものむやみに自信ありげな様子
はなく、代わって重苦しさが表情を支配していた。そして、表情と同じく重苦しい口
調で呟く。
「とーるくんはまだ分からないのよ。精神的に追いつめられ、狂気に走った人間が、
どれほどの事をやってのけるのかを…………」




  広瀬が様々な束縛のある現状の中で、極めて良くやっているのは判っていた。わか
ってはいるが、納得は出来ない。何故、それほどの束縛があるのだ。それは、器が中
身に対して適応していないからだ。ならば、中身に対して器が不適合であるならば。
「器を壊してしまえばいい。そして、新たなる秩序を築くのだ」
  そのディルクセンの言葉に、集まったタカ派風紀委員達が一斉に頷いた。
  狂信と、妄執。異様な精神状態の中に、彼らはあった。かつて聖地エルサレムを目
指した十字軍、新世界秩序建設を謳い、全世界に戦いを挑んだナチス=ドイツ、コー
ランの教えに基づく国家建設を目指すイスラム原理主義者−−−彼らと同じ精神状態
の中に、今の彼らはある。
  それは、正義の名を掲げる狂気の集団。
  もっとも汚れの無い、光り輝く貴き悪意。
「だが、一息に事を運ぶには、我々の勢力は小さい」
  底光りする眼で周囲を見渡し、ディルクセンは厳かに告げる。その様子はまるで、
神の啓示を受けた預言者のようだった。そしてそれを取り巻く人々は、神の預言を待
ち望む忠実なる神の兵士たち。男も女も無く、ただ狂信のみがそこにある。
「まずは、皆普段通り、風紀委員として広瀬の下で励め。いずれ今の体制では、不満
は溜まる事はあっても解消される事はない。徐々に働き掛け、内部の中間派や、広瀬
派の中で揺らいでいる連中を我らの同志とするのだ」
  その言葉に無言で頷く一同。ディルクセンはそれに頷きかえし、憑かれたような表
情と口調で言葉を続ける。
「一般生徒もまた然り。彼らの多くは現状に不満を感じ、何かのきっかけを望んでい
る。彼らの中、我々に共鳴する者達を風紀委員会に引き込み、武器を与え、訓練を施
せ。そうすれば、我々の理想は一気に現実に近づく」
  言葉が口から紡ぎ出されるにつれ、身振り手振りが自然に伴われるようになる。そ
れに比例するかのように、彼の言葉にも狂熱が篭もる。
  すでに、それが自分の考えであるかも理解できていないであろう。ただただ興奮と
神懸かりな義務感が、彼の脳中を支配していた。言葉だけが、自然と口を衝いて出て
いく。その言葉に自ら酔い、そして周囲も狂乱の渦へと引き込まれていく。
  そして十分ほども狂気の演説が続いたであろうか。校舎内、人気の無い一角でなに
やら盛り上がっている集団に気付き、何事かと集まってきた一般生徒の野次馬たちも
含め、場の狂信のボルテージが最高潮に達した頃、ディルクセンが演説の締めに入っ
た。その表情は、すでに恍惚とさえしている。
「我らこそは、秩序の尖兵!  選ばれた正義の執行者!!  我らの行動こそは義挙で
ある!  神が天上に在るとすれば、必ずや我らを祝福し給うであろう!!」
  そこで言葉を一度区切り、陶然とした表情で天井に阻まれ見えぬはずの空を見上げ
て、両の手を虚空へと翳す。その眼には、突き抜けるような青い空と、雲上の楽園が
確かに見えていた。そして、絶叫する。その声音にありったけの妄執を乗せて。
「称えよ、天上の栄光を!!!」



  −−−その瞬間。
  その場にいた者達は、確かに天上のホルンが鳴り渡ったのを耳にした−−−



  集団催眠状態による幻聴。
  そんな言葉が脳裏に浮かぶ理性が残されていればこそ。狂気に感染した一同は、純
粋にそれを神の祝福と感じた。
  …………信じて、疑わなかった。
「今日この時より、生徒指導部は復活する!  我らが、この学園に、大義と秩序の御
旗を打ち立てるのだ!!」
『おおっ!!!!!』
  …………そして狂気はより深く…………

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後書きみたいなもの〜

ディル「……………………(汗だく)」
作「ふふふふふふ、いよいよ決起だね、ディルクセン!」
ディル「って、展開が早すぎるわぁっ!!(汗)」
作「大丈夫、だから当分は今まで通り、風紀委員として真面目に活動するんじゃない
  の(笑)」
ディル「うーん…………大風呂敷広げおって(汗)  これから俺に何をさせるつもり
  だ?」
作「当然、風紀委員としての活動強化と同時に、最悪の場合における手段としての決
  起の準備を進めるの」
ディル「つまり、決起はまだ確定していない。……俺自身、もう少し柔らかな方策を
  探りたいしな」
作「で、状況次第で叛意が貯まっていって、一定の数値を突破したらドカン(笑)」
ディル「クーデターイベント勃発と(笑)」
作「せいぜい、君の行動がやや電波がかってくるくらいかな。当面の影響としては」
ディル「電波がかってくるって言い方はやめろ」
作「へいへい」
ディル「ではでは、今後に請うご期待!」
作「なんだかんだいって、張り切ってるなぁ(笑)  では〜」