『人を説得し得るのは、書かれた言葉ではなく話された言葉である』 『我が闘争』序文にて、アドルフ・ヒトラー 「前回の凶悪な事件、あの卑劣なテロリズムは何を意味するのか!!」 振り上げた拳を派手に机に叩きつけて、ディルクセンは会議室内にすし詰め になった風紀委員達に向けて叫ぶ。風紀委員達の大半は無言だったが、彼は確 実に広瀬派に留まる風紀委員の心が広瀬から離れているのを感じ取っていた。 彼の言う前回の凶悪な事件、すなわち悠朔が引き起こした風紀委員会上層部 に対する監禁致傷事件から、ちょうど一週間が過ぎた日の放課後の事だ。それ は、事件と同時に発生した『謎の』爆発事件の捜査が始まってから一週間が過 ぎた日でもある。 この集会は、その事件に関する中間報告のために開催されている。だが、風 紀委員長である広瀬ゆかりによって行われたその報告は、捜査がはじまった時 点から一歩も進展していないという不面目なものだった。 壊滅に等しいダメージを蒙った生徒指導部ではなく、広瀬直率の風紀委員会 執行部と保科智子率いる監査部による捜査がまったく進展していない事は、す でに全校に知れ渡っていた。 言うまでも無く、ディルクセンがシンパや永井派の”草”を使い、広瀬の無 能と奸物ぶりを多大な誇張とデマを交えて広めさせたのだ。 『あの事件は生徒指導部を破滅させるために広瀬と悠が仕組んだ陰謀だ。監禁 された五人のうち実際に負傷したのがディルクセン一人なのと、爆破事件の真 相が未だ霧の中である事が、その証拠だ』 事実無根のデマだ。 だが、ここでも『嵐の戦争』の際の不透明な事後処理が広瀬の弱点として響 いた。その直前に、ハイドラントと生徒指導部が派手に交戦していた事も、生 徒指導部にとって追い風となった。 だから、広瀬が事件の中間報告に悠が残した写真とテープを公開したときも、 聴衆の反応は冷ややかだった。反論を求められ、ディルクセンはせせら笑った ものだ。 「この学校には外界に数世紀は隔絶した科学がある。古代に絶えて久しい魔法 が行使される。魔物が生きる。超能力がある。電波が飛ぶ。かかる状況におい て、犯罪者がこれ見よがしに持ち出してきた『捏造が困難な証拠物件』とやら を盲信して、それを論拠に告発を行うなど…… 何を考えているのか正直理解 しかねますな」 この学園では、よほどの事が無い限り『物的証拠』は意味を為さない。捏造 がきわめて容易だからだ。たとえば、ある男子生徒の指紋が女子更衣室にべた べたと残っていたとしても、風紀委員会はその男子生徒を捕らえる事は無い。 何故なら、たとえばオカルト研の誰かが悪魔と契約を結び、その男子生徒に濡 れ衣を着せるために行ったという事もここではあり得るからだ。 だから、この学園で一番証拠能力の高い立件方法は、現行犯で捕らえる事だ。 特に、今回の証拠は監禁事件の主犯である悠朔から出たものだけに、それを証 拠として取り上げる事には強い抵抗があった。 もっとも、生徒指導部はこの原則をよく無視して物的・状況証拠だけで生徒 を拘束するのだが、彼はこの際都合よくそれを忘れる事にしていた。扇動とは そう言うものだ。自分の脛を気にしていては、他人を中傷する事など出来はし ない。扇動は理屈ではなく感性に訴えかけるものなのだ。 「この事件は単に我々生徒指導部のみに対する挑戦なのか? 否! 否! 否! 否! そうではない、決してそうではないのだ!!」 『否!』という絶叫にあわせ、利き腕を派手に横に薙ぐ。そして居並ぶ風紀 委員達の左隅を指差して睨みすえ、そこから順に腕と視線を右へと移しながら 言葉を繋ぐ。 「これは風紀委員会全体に対する挑戦なのだ!! 思い起こせ、諸君らの友人 がいかなる残虐な手口で心に傷を負わされたのかを!!」 「なにゆうとんのや、先に長岡さんにあんな卑怯なやり方で手ぇ出したん、誰 やねん!」 彼の言葉を聞き、智子が義憤に駆られて小さく吐き捨てる。 彼女は悠の出した証拠の信憑性に疑いを持っていなかった。もともと志保の 変調に気づき、ディルクセンのところに怒鳴り込んだという経緯もある。だか ら、自分の犯した行為にも平然と嘘をついてのけ、それどころか中傷をもって 広瀬を陥れようとする彼の態度が許せなかった。 「もう、許せへん。あの先輩のやり方は、絶対に許せへん。何考えとんのかし らんけど、これからは好きなようにはさせへんで!」 「保科さん、監査という職務に立つ人間が、感情的に動いてはいけませんよ」 激昂する智子とは対照的に、冷静な口調でとーるが言う。 「生徒指導部側に大きな被害が出た爆破事件も解明しなければなりません。ど ちらか一方に偏った視点では、勤まりませんよ」 「言われんでも分かっとるわ。悠くんのやり方も気にいらへんしな」 「……だから、まだ悠さんがやったと決まった事じゃありませんよ」 憮然として言う智子にとーるは小さく苦笑した。場を意識して、すぐに笑い をかみ殺す。 しかし、一気に事が進んだな。とーるは長々と続くディルクセンの演説を聞 きながら、黙り込んだ智子から広瀬へと視線を移した。 ディルクセンは事件直後に胃潰瘍で卒倒して五日間入院していた。彼が病院 からも細々とした指示を出していた事は間違い無い。指示を受けた松原美也や 陽平、そしてほとんど実態がわからない彼らの外部シンパの活動で、風紀委員 会内では広瀬派といえる勢力はほぼ消滅した。 理由は例のデマのほかに、もう一つ。 生徒指導部は風紀委員会の一部であり、さらにリーフ学園の生徒でもあると いうことだ。指導部員にも友人がいて、たとえ生徒指導部の方法論については 意見を対立させる関係であっても、いざ彼らが『テロ』に巻き込まれた時友人 としての怒りに駆られた。そうなるように、ディルクセンが仕向けた。 まだ広瀬を支持している面々は、貞本か田中、鈴木配下の”草”と見てまず 間違い無いだろう。まぁ、指示不支持で素性を悟られる事を避けるために、あ えて反対派に回っているだけなのかもしれないが。 (どちらにせよ、今解任決議を動議されれば……食い止める事は、出来ません ね) だが、ディルクセンは解任までは動議しないはずだ。広瀬がトップに居るか らこそ、生徒指導部は自らの失態を含めた汚点のすべてを彼女の責任に帰する 事が出来る。もちろん成功の果実は、精力的な宣伝によって彼らが掠め取ると いう構図で。 だが、指導部が名実共にトップに登りつめてしまえば、今まで広瀬に負わせ ていた責任のすべてが彼らに振りかかってくる。手ごまの大半を失っている指 導部としては、今は避けたいところだろう。それに、風紀委員会の顧問は広瀬 の部下である(らしい)西村だ。広瀬には逆らう一般生徒の中にも、西村先生 は信頼できるとこたえる連中が多い。これと直接事を構える事も、生徒指導部 にとってはアキレス健となりかねない。 「……そう言えば、西村先生は?」 ふと彼の姿がない事に気づき、とーるは視線を大会議室内にさまよわせる。 彼の姿は意外にあっさりと見つかった。会議室の片隅で、なにやら緒方英志 と会話している。 緒方英志。同じ委員会活動の顧問を務める教師同士という関係以前に、二人 は『塔』出身者という共通点を持っていた。あまりそれを感じさせない緒方で はあるが、いよいよ広瀬が実権のすべてを失いそうだという段階に至って、何 事か『塔』から指示があったのかもしれない。 しばらく二人の様子を眺めたあと、再びディルクセンへと視線を移す。ディ ルクセンがどう言う手段を取るか、大体の予想はついていた。デマと誇張を巧 みに織り交ぜた熱弁を振るう彼を冷ややかに見つめ、小さく呟く。 「さて、風紀委員会を手中に収めてからどう動きます? ディルクセン先輩… …」 「諸君、敵を直視せよ! 彼らの甘言に耳を傾けるな! 彼らの暴威を恐れる な! 彼らの事情に同情するな! ただ我らの大義を信じよ!」 とーるが向けた視線の先では、長々とした、敵意と欺瞞に満ちた演説がよう やく終わりを迎えようとしていた。だが、多くの風紀委員はその敵意と欺瞞の 渦の中に呑み込まれてしまっている。 「我らの目的の前にはすべての手段が正当化される! 悩む事も、迷う事も必 要ない! そのような臆病者は、今すぐに出て行け! 大義を為す事に迷うよ うな連中は、臆病者である!!」 言ってから、しまったと思った。原稿を書くときには気がつかなかったが、 これでは自分で自分の罪科を認めてしまったようなものではないか。それ以前 に、自分の躊躇に対する自嘲にも聞こえた。 自分で自分の馬鹿さ加減に腹を立てるが、そこで言葉を止めるような愚は犯 さない。矛盾など、興奮状態の中ではすぐに忘れ去られる。言葉を止めて彼ら に冷静になるきっかけを与えてしまっては、元も子もない。 「私はいかなる犠牲も恐れない! いかなる脅しにも屈しない! 生徒指導部 はかかる卑劣な攻撃に対しても、敢然と胸を張って立ち向かうのだ! 何故な ら、我々の闘争、そのすべては我々の愛する学園のためになされるものだから こそである!!」 その言葉と同時にディルクセンが身を翻すと、わぁっという喚声が上がった。 その喚声の大きさが、そのまま彼に集まった支持の大きさを示していた。筋書 き通りの展開ににやりとほくそ笑み、勝ち誇った彼は塞ぎこんでいるであろう 広瀬の方をちらりと見やる。 だが、案に反して広瀬は極めて平然とした表情だった。それどころか、ディ ルクセンに対して笑ってみせさえする。その広瀬の余裕にしばし唖然とし、次 に憤然として、彼は広瀬から顔をそむけた。 (……奪われたものはいつでも取り返せる、とでも言いたいのか!!) 俺がそれほど間抜けだとでも思っているのか。ひどく不愉快ではあるが、確 かにまだ完全に足場を固めたわけではない。油断は禁物だった。大きなミスを 犯してしまえば、広瀬から奪ったものは即座に広瀬の元に戻るだろう。 「……心せんとな」 深呼吸して精神を落ちつけ、パイプ椅子に腰を下ろす。 彼が先ほどまで演説を行っていた演壇には、今は妹の美也が入っている。彼 の意を汲んだ新たな動議を行うためだ。 その動議、『現状の危機を打開するための広瀬執行部の権能の一時停止と、 生徒指導部による広瀬の補佐』が圧倒的多数のもと可決されたのは、この十分 後の事である。 「おいっ、ディルクセン!!」 集会が終り、ディルクセンが取り巻きと共に大会議室を出て行こうとした時。 背後から掛けられた声に、彼は煩わしげに振り向いた。 「何の用だ、XY−ME……!?」 皆まで言い終えず、彼は背後から駆け寄ったXY−MENに殴り飛ばされた。 派手に吹き飛び、背後の壁に叩きつけられる。彼がそのままくず折れるのと同 時に、殴られた際に吹き飛んだ眼鏡が廊下に硬い音を立てて落ちた。 「貴様っ、何をする!!」 「取り押さえろ!!」 慌てて取り巻き達が取り押さえに掛かるが、銀狼に一般生徒が敵うはずも無 い。 「…………邪魔するな!!」 たちまち振り払われ、ディルクセン同様壁に叩きつけられる。それには見向 きもせず、壁に叩きつけられたまま身動き一つしないディルクセンに歩みより、 襟元を掴んで引き起こした。 「ディルクセン、お前、なんて事しやがったんだ!!」 ぐったりしたままの彼に向け、怒りもあらわに怒鳴りつける。 当然というべきか、彼もまた悠が出した『証拠』を信じた一人だった。広瀬 にしろ悠にしろ、ディルクセンがばら撒いたデマのような陳腐な陰謀を企む人 物ではない。むしろ、その類の陰謀を企みそうのはディルクセンのほうだろう。 「心底見損なったよ、お前がそこまでつまんねえ男だとは、正直思わなかった ぜ!」 反応は、無い。全く無い。その事が、なおさら彼の怒りを増幅させる。 「だんまりかよ、おいっ! お前が本当になにもやってないって言うんなら、 なにか言ってみろよ!!」 「そんな事言ったってね。気絶してる人間に無理言うもんじゃないわよ、XY −MENくん」 他の取り巻き同様に取り押さえに掛かるような事はせず、背後で黙って様子 を見ているだけだった美也が、呆れたように言った。それでようやく、XY− MENも胸倉を掴んだ相手の意識が無い事に気がつく。彼が手を離すと、ディ ルクセンは糸の切れた操り人形のように廊下に倒れ伏した。あまりに無造作な XY−MENの動作を見て、美也がさすがに眉をひそめる。 「はぁ……もうちょっと丁寧に扱ってあげてくれない? 妹としては情けない 限りなんだけど」 「……君でもいい、どうせ計画した時から荷担してたんだろうからな。 ……なんであんな事しやがったんだ」 美也の言葉には取り合わず、XY−MENは問い詰める。彼女が腰のスタン バトンに手をかけているのは気づいていた。だが、彼女も兄同様取りたてて高 い戦闘能力を有しているわけではない事は知っている。策略に警戒こそすれ、 たとえ抜き打ちで襲いかかってきたとしても簡単にあしらう事が出来るだろう。 それは彼女も知っているはずだ。抵抗の構えは、おそらくポーズだけに過ぎな い。 「何の事かしらね? 広瀬さんが出してきた嫌疑なら、兄さんが明快に否定し たばかりじゃない」 予想通り、XY−MENが目前にまで迫っても、美也は身動き一つしなかっ た。ただ、薄笑いを顔に浮かべ、教室側の壁に背を預ける。 「あれ以上でもあれ以下でもないわ……私たちには、恥ずべき事は何も無い」 「あんな、バレバレなでっち上げを広瀬だの悠だのがする訳ないだろうが!!」 「じゃぁ、私たちならするとでも?」 「やるだろうよっ、今の君たちならな!!」 激しい怒気を叩きつけられても、美也はまったく動じた様子はなかった。薄 笑いを浮かべたまま、軽く肩を竦める。 「あらあら、ほとんどの人は私たちの事を信用してくれてるのに。SS使いの 人には信用無いわねぇ、生徒指導部って」 「真剣に話を聞け!!」 「はい、そこまで」 あまりにも人を馬鹿にした彼女の仕草にさすがのXY−MENも我慢し切れ なくなったとき。 「……まったく、用があるのに姿を見ないなと思ったら……なに暴れてるのよ、 XY−MENくん」 広瀬が貞本と共にその場に姿を現した。厳しい目を向けてくる彼女の姿に、 XY−MENはばつが悪そうな、美也はざまぁみろといわんばかりの表情を浮 かべる。 「広瀬……」 「あっ、委員長聞いてください! XY−MENくんが……」 「松原さん、私ちょっとXY−MENくんに用があるの。借りてくけど、良い わね?」 嬉々として『XY−MENくんの言いがかりと暴力行為』を訴えようとした 美也の機先を制し、広瀬がにこやかに言った。出鼻をくじかれ、また広瀬の飛 びっきりの笑顔に思わずどぎまぎして、美也はうっかり頷いてしまう。 「え? あ、はいっ、どうぞどうぞ!」 「ありがと。ほら、XY−MENくん、行くわよ」 「ちょっ、待て広瀬! オレのほうは用件が済んでないって、いだだだだだ、 耳を引っ張るなぁぁぁぁ!?」 もともと女優としての彼女のファンということもあり、広瀬の笑顔にのぼせ てぽーっとしている美也を置いて、広瀬たちはXY−MENを引きずってさっ さと立ち去って行った。 「……はぁぁぁ、やっぱり広瀬さんって、いい女よねぇ…… 敵じゃなければ …………じゃなくて!」 取り残された彼女がしばしぽーっとすること30秒ほど。ようやく我に帰り、 美也は周囲を見渡して頭を掻く。 「みんなしばらくは目を覚ましそうにないし。私一人でどうしろって言うのよ」 ぐったりと完全に気を失っている様子の男どもの真中で、彼女は小さく呟い た。 リズエルの屋上で。 「ったく、なんだってんだよ、広瀬。いきなり人をこんなとこまで連れてきて」 「『なんだってんだよ』じゃないわよ、まったく……」 有無を言わせず連れ出され不満をこぼすXY−MENに、広瀬は思わず溜息 をついた。こめかみを押さえ、ジト目でXY−MENを睨み据える。 「あなたが騒ぎを起こしてるみたいだって聞いて駆けつけてみたら、また何も 考えずに直線的な行動とってるんだから。給料差っ引かれたくなかったら、も うちょっと考えて行動してほしいわね」 「……オレになんか用があったんじゃないのかよ」 耳に痛い話の矛先をかわそうと、XY−MENは本来の話題を持ち出した。 「別に、何も無いわよ?」 「……何も無いって、お前な」 しれっと言ってのけた広瀬にXY−MENは唖然とした。次の瞬間には、当 然というべきか猛然と食って掛かる。 「じゃぁなんでオレを連れ出したんだ! 用が無いならいちいち耳引っ張って こんなとこまで連れてくる事は無いだろうが!!」 「あなたが大立ち回り演じてるから、あの場じゃああ言うしかないじゃない! あのまま放っておけば、特別風紀委員制度までディルクセン先輩に潰されかね ないわ! これ以上追い詰められてたまるもんですか!」 流石は女優の貫禄というべきか。怒気もあらわに言い放った彼女の声量はそ れほど大きなものではなかったのだが、その迫力にXY−MENは思わず怯ん でしまう。尻尾なんか股下に巻いてるし。 「わ、わかったわかった! そう怒るなって、オレが悪かった!」 言いつつ、ある事に気づく。 『これ以上追い詰められてたまるもんですか』 今以上に、追い詰められる事などあるのだろうか? すでに実験のほぼすべ てをディルクセンに奪われているのに? あるとすれば、どんな場合だ? 「……要するに、まだ諦めてないんだな?」 「当たり前じゃない」 広瀬は不敵な笑みを見せた。いつもと変わらない、自信に満ちた笑みだ。先 ほどディルクセンに向けたそれと同じでもある。 「盛者必衰、ってね。先輩は今が得意の頂点だろうけど、そんなに長い事は保 たないわ。力で学園を押さえこむなんて、絶対に無理だもの」 「どこかで必ず先輩は失敗する。反撃するならその時という事よ」 貞本が横から口を挟む。それを聞いて、XY−MENはつまらなさそうにあ くび混じりに言った。 「なんか受身だなぁ、もっと積極的に動かないのか?」 「ディルクセン先輩お得意の謀略工作を真似れば、すぐにも追い落とせるんだ ろうけどね」 「あ、そりゃダメだ。相手のミス待ってるほうがまだマシだぜ」 悪戯っぽい笑いを浮かべて言う貞本に、彼は手をひらひらさせて即答する。 「まぁ消極的なのは認めるけどね。ここまできた以上、これしか方法は無いの よ…… とーるくんはとーるくんで何を考えてるのかわからないし、独力で事 態を打開するためには、ね……」 そう少し寂しげに呟いた広瀬だったが、本来の強気さを取り戻すまで時間は それほどかからなかった。胸を張り、両手を腰に回して宣言する。 「あんな三文役者にいつまでもやられっぱなしじゃいられないわ! だって私 は、女優なんだもの!」